第二十五話 その妃、謀叛を企てる
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古来より、人々に恵みをもたらす太陽は信仰の対象とされてきた。
つらく苦しい時に手を差し伸べ、人々の心の支えとなった、かけがえのない救いの象徴。
恐らくこの国の人々にとって帝とは、太陽のような存在なのだろう。
人の心を変えることは、決して容易なことではない。ましてや、英雄のような存在に太刀打ちなど、到底できるようなものでもなければ、本来なら許されざる行為。
勿論、それは一般論の話に過ぎないが。
……一つ、こんな話をしてみよう。
夢の中に出てきたとある美しい小鳥と、それに心を奪われた一人の皇子の話だ。
皇子は、寝床や食事、一生楽して暮らしていける程の金貨も用意して、その小鳥に求婚を申し込んだ。
けれど、小鳥は自由を求めていた。
だから皇子は、小鳥の棲まう森を焼き払った。
それでも小鳥は、皇子の手を拒んだ。
愛する人々が救いを求め続ける限り、誰の手も取ることはできないのだと。
だから皇子は、貧しい村の人間たちの命を次々と奪っていった。
それを、間違いだとも思わずに。まるでこの手を取らない方が悪であると、知らしめるように。
さらに皇子は小鳥に希った。
どうか、我の国を助けてはくれまいかと。
作為的に、自国の村を貧困に苦しませて。
救いを求められた小鳥は、自由を諦めた。
けれど、その血に塗れた皇子の手だけは決して取らなかった。
それでも皇子は愉悦に浸った。
たとえ襤褸籠でも、ようやくその中に収まってくれたのだと。
立派な鳥籠を用意して待っていた皇子だったが、小鳥は自由だ。襤褸籠ではいつ壊れ、そして逃げてしまうかわからない。
だから皇子は、その襤褸籠に雄鳥を放つことにした。
……愛する小鳥から、自由を奪うために――。
『手掛かりを見つけたとは真か』
『わかったことがある、とだけ』
怯えながら少女が連れてきてくれた帝に、勿体付けながらこう答える。
捜し女はまだ現存していることを。
愛する男とその子供と幸せに暮らしていることを。
そして、眉間に皺を寄せた男は、怪訝そうな顔でそれにこう答えた。
『それがどうした』
薄々気が付いていた。
渡り歩いた夢の中でそれは徐々に確信へと変わり、そして今、目の前で確証を得た。
『それ以上用がないなら、我は失礼する』
この男は、崇められるような人間ではない。
最低最悪の下衆野郎だと。
『悪いけど、用ならあるの。捜し女を見つけ出すためには重要なことだから』
『可能な限り手は貸す』
『ありがとう。私も報酬のために全力を尽くすわ』
そうしてまずは、大量に様々な事を要求した。予言に必要だからと、適当に理由を付けて。毎日、毎朝、毎晩、一日に何度も。
予言の巫女などではなく、ただの我儘女ではないかと、高官たちが頭を抱えたら、今度は少女を見る目を変えた。
その我儘女に付き合える程に、この少女は優秀であると。
そして、瑠璃宮に想い人がいる高官に助言をし、少女を瑠璃妃付きの侍女へと昇格させた。
瑠璃妃がこの後宮で唯一、話が通じる人だということは、夢を渡ればすぐにわかること。
同時に、ここでは雑音が多過ぎるからと適当に理由をつけて、謀叛を企てるのには絶好の場所を手に入れた後、少女の推薦をした高官の書簡に一筆書き加えた。
“あなたのたった一つの願いを叶えましょう”
廃離宮までの、簡素な地図を添えて。
『これでようやく、予言に集中できそうよ。だから、最後に一つだけいいかしら』
そして、我儘に振り回されて過ぎて相手をするのさえ億劫になった帝は、適当に相槌を打って『叶えてやるからさっさと視界から消えろ』と睨み付けながら言い放つ。
けれど、言質は取ったと我儘女は、感謝するわと微笑んだ。
『“良”という少年を、私の世話係にしてくださる?』
理由は適当に……そうね。
“知人に似ているから”とでも言っておこうかしら。
#太陽のような/和風ファンタジー/気まぐれ更新
2/23/2024, 9:53:41 AM