宝物
わたしの宝物、それは時間。
あなたとわたしの間に流れた時間、わたしへあなたへ続いた時間、そしてわたしとあなたから生まれ繋がった時間全てが宝物。
時間を感じることが出来ることは、とても素晴らしい。
時間という概念がなければ、昨日は存在しないし明日も存在しない、過去も未来も存在しない、無論たくさんの悲喜こもごもな想い出も存在しない、想い出を懐かしむ郷愁もなければ、明日を夢見る希望もない。
限りある時間があるからこそ、それを感受できるからこそ、限りある時間の刹那と怖さと優しさがあるからこそ、人は考え思い遣り愛しむことが出来る。
昭和という時代が終わった時、私はこんな言葉を聞いたことを今でも覚えている、「明治の終わりは活字で読み、大正の終はラジオで聞いた、そして今、昭和の終わりをテレビで観る」
「昭和という時代は、背中合わせの時代であった、それを天皇陛下は身を持って示された、神と人間、戦争と平和、貧困と繁栄、弾圧と自由」。
その頃私は社会に出たばかりで、この昭和という時間の終わりをテレビで見ていた、その当時大正生まれくらいの御老人方が皇居の門前で手を合わせ、膝まづき涙していた姿を今も思い出す、それは「封建的社会だ!」という言葉で片付けて良いはずがないと思った、同じ日本人なら。
ある御老人の言葉を私は今も忘れない「戦争を乗り越え、貧しさを乗り越え、そして今があり、その象徴の天皇陛下が亡くなられた、感慨深く寂しいですね」
そして、次の新しい元号が発表された「平成」平和を達成するという意味が込められていたそうです、更にそこから30年時間は流れ、平和な平成最後の日は、お祭り騒ぎだった、、達成されたのか?平和。
新しい元号は「令和」万葉集に由来するそうで美しい調和を意味するのだそうだ、時間は流れ平和を達成し続け、美しい調和が千代に八千代に、さざれ石が大きな岩になる程に続きますように、、宝物は、この流れ続ける時間。わたしの時間はそこに流れる一滴。
時間は逆に流してはいけない、「未来が知りたいなら過去を学びなさい」救われるとか救われたいとかそんな今だけを見た知ったつもりの自分本位な考えではなく、過ぎた時間から自分で学びなさい、大昔の哲学者は言いました。
時は偉大な作家である…。
令和6年11月20日
心幸
11/20/2024, 11:04:09 AM