【!マークじゃ足りない感情】
俺は子どものころから、趣味で漫画を描いてきた。
描いているのはずっと同じ、オリジナルキャラクターの魔法少女「マジカルちゃん」の漫画だ。
頭に思い描いている、世界一の美少女マジカルちゃんのルックスを再現するため、俺は密かに努力を続けてきた。学校が終わって帰宅したあとは勉強もそっちのけで夜中まで絵の練習を続けていたし、社会人になってからも仕事で疲れて眠い中、画力向上に努めている。
ストーリーについても、マジカルちゃんの魅力を最大限に活かせる展開を考え、試行錯誤を続けてきた。
俺は現実で一度も彼女ができたことがないが、マジカルちゃんのことはかわいくて優しい、理想の美少女として描いてきた。男にモテるが、そんなヤツらは相手にせず、生まれたときから作者である俺のことだけが好きという設定だ。
マジカルちゃんは作者の俺のことが好きだが、住む世界が違うために出会うことができず、俺の声を聞くこともできない。それでも健気に俺を愛し、俺に自分が活躍しているところを見せるため、魔法少女として敵と戦っているのである。
我ながら気色悪いと思うし、俺はもう大人なのになにをやっているのかという気持ちもあるが、家にあるノートに描いた漫画を一人で読んで楽しんでいるだけだから、誰にも迷惑はかけていない。俺は子どものころと同じように、マジカルちゃんの漫画を描き続けた。
そしてある日、俺の理想の「マジカルちゃん」の漫画が完成した。絵はこれまでにないほど上手く綺麗に描けて、とてもいい場面を描写できた。ストーリーも今までで一番面白く、それでいて切なくて美しい。
漫画の出来に満足した俺はついに、マジカルちゃんに俺の声が届くという展開をプレゼントすることにした。
それから俺は、作者である俺が「マジカルちゃん」と優しく呼びかけると、驚いたマジカルちゃんが「!」と反応し、俺が「やっと声を聞いてもらえた」「よく頑張ったね」「これからも頑張ってね」などと話しかけるが、マジカルちゃんは赤面してなにも言うことができないまま、また俺の声を聞くことができなくなる……という漫画を描いていたのだが。
「ねえ。『!』マーク一つじゃ、全然足りないよ。わたし、お話したいこと、いっぱいあるよ」
「……え?」
ペンを走らせていたら、俺にとって最上級にかわいい声が聞こえてきて鳥肌がたった。確かに自分が漫画を描いているノートから聞こえてきたけれど、そこにはマジカルちゃんと「!」とだけ書かれた吹き出しがあるだけだった。
俺は吹き出しの中の「!」を消しゴムで消して、マジカルちゃんのためにじっと考えた。マジカルちゃんの「!」マークだけじゃ足りない感情を表現できるのは、俺だけだ。
8/15/2025, 10:36:54 AM