まっさらなシーツの上で丸くなって眠る少女の腕が抱えているのは、広げた両手を漸く折り返す年頃には似合いの真っ黒なぬいぐるみと、似つかわしくない黒革の鞄。だだっ広く真新しくさえ思える空間で窮屈な寝息を立てる少女のベッドサイドに腰掛けず、すぐそばで膝を折ったシェスターナーは、そっと声をかける。
「息苦しくありませんか?」
『……動けたらそうしている』
宵闇からの返答は、少女の腕がしかと捉えるぬいぐるみから。獅子を模したそれは、あからさまな不快感で愛らしい筈の相貌に皺を寄せてシェスターナーを睨め付ける。
『暫くはこのままだろうな』
まるで、それさえあれば事足りると訴えるように、眠る筈の少女の腕に力がこもる。
「自ら決意したとはいえ、貴方の話を聞く限り強制でしたよね?」
ならば、この年頃で親元から離れるのはさぞ辛いだろう。シェスターナーにはその経験がないが、想像は付く。追い立てられ急き立てられ、不安に染めた顔が此処へ転がってきた数刻前を思い出す。
きつく閉じた唇、無意識に寄せられる眉間。水分を含んだ睫毛の向こうから、新たに一筋雫が赤い顔を横切る。
「さて。どうしたものでしょうか」
『さぁな。決めるのはこいつだ。……まぁ、寝て少し食ったらもう少しはマシになるだろ』
密やかな会話は闇に溶ける。少女の道行を案じるように、けれども多難であろうそれを示唆するような静寂が、再び訪れた。
【何もいらない】
4/20/2023, 10:35:49 PM