かたいなか

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「涙が涙腺から出てくる仕組み、その涙が出た経緯、そもそも涙が目から出ることによる体への効果……」
まぁ、まぁ。ひねくれて考えれば、今回のお題も、誤解曲解多々可能よな。某所在住物書きはスマホを凝視しながら言った。
画面にはソーシャルゲームのガチャ画面と、「石が足りません」の無慈悲。
約250連であった。すり抜けであった。

「大丈夫」
まだ泣く痛みではない。物書きは無理矢理笑った。
「数年前溶かした有償石より傷は浅い」

――――――

私の職場に、そこそこ長い付き合いの先輩がいて、その先輩はなかなかに低糖質低塩分料理が上手。
食材とか電気代とかを、半々想定で払ったり持ってったりすると、ヘルシーなわりにボリューミーな、ランチだのディナーだのをシェアしてくれる。
いつから始まったか、どうやって始まったかは、不思議とよく覚えてる。
コロナ禍直前。先輩の、個チャのメッセージだ。

『飯を作り過ぎた。食いに来ないか』

当時私は職場に来たばっかりの1年生。
転職先が、ブラックに限りなく近いグレーな職場だって少しずつ気付き始めて、
私も正規雇用になったらノルマ課せられるんだ、
私もあと数ヶ月したら、売りたくない商品無理矢理売らなきゃいけなくなるんだ、
って、ドチャクソに、疲れて、参ってる頃。

副業禁止のくせに、非正規は安月給。
アパートの家賃とか電気代とか、その他諸々でキッツキツだったから、
後先考えないで、食費とガス代節約の目的で、先輩に教えてもらった住所の部屋を訪ねた。
それが最初のシェアごはんだった。

「ウチの仕事は、人間関係はつらいか」
たしか、一番最初のメニューはチーズリゾット。
お米の代わりにオートミール、牛乳とかコンソメとかの代わりにクリームポタージュの粉末スープを使った、簡単に作れる低糖質レシピだ。
「お前の代わりも、勿論私の代わりも、ウチの職場には大勢いる。部下を消耗品程度にしか思っていない上司は事実として居るし、使い潰されて病んで辞めていく新人など、何人も見てきた」
味も香りも、心の疲労のせいで覚えてない。付け合せも何かあった気がするけど、記憶にない。

「過剰で長いストレスは、本当に、科学的な事実として、頭にも体にもすごく悪い。
無理だと思ったら、長居をするな。遠くへ逃げて、次を探せ。心の不調が体に出てくる前に」
ただ、
参っちゃってる私を見通した先輩の、言葉の平坦だけど優しい透過性に、ちょっと、興味を持ったのは確かだった。
「私が言いたいのはそれだけだ。……悪かったな。突然チャットで呼びつけて、美味くもない自炊飯に付き合わせて」

で、リゾットをスプーンですくって、とろーり溶けるチーズを眺めて、口に入れて、
美味しい、あったかい、
これをわざわざ、私のために作ってくれたんだ
って思った途端、突然、ぶわって涙が出てきて。
「席を外した方が良いか?それとも、ここでこのまま、私が一緒に飯を食っても構わない?」
ボロボロ泣いた理由は、正直よく分かんなかった。

「ここに居て」
これが、先輩とのシェアランチだの、シェアディナーだのの始まり。最初の最初。
「また、ごはん食べに来ても、いい?」
それから数年、悩み相談にせよ生活費節約にせよ、何回も何回も。
先輩の部屋に現金だの食材だの持ち込んで、低糖質低塩分メニューを作ってもらっては、一緒に食べてる。

「次回からは100円から500円程度、材料費の半額分、別途負担してもらうが」
その先輩がどうも、ちょっとした勘でしかないけど、近々東京を離れて、雪国の田舎に帰っちゃう、かもしれなかった。
「それでも良いのであれば。ご自由に」
原因は、先輩に最近やたら粘着してくる、8年前先輩の心をズッタズタに壊した元恋人。
いつの世も、ヨリ戻したい縁切りたいの色恋沙汰って、唐突だし、理不尽だと思う。

10/11/2023, 6:05:30 AM