耳を澄ますと、さまざまな音が聞こえる。
僕が聴く音は、敵の場所や情報交換の手段、部隊数や一部の敵の健康状況など、たくさんの情報を孕んでいる。
僕はその情報を、手元の地図に書き込む。
昔々のこと、1人の知能堪能なヒトが、大規模なゲノム変遷を成し遂げた。
彼は、ヒトの世界から無益な戦いと環境破壊を無くすため、ヒトに野生と第六感を取り戻させ、ヒトが地球上のルールに再び従って生きる力…獣性を付与した。
彼の長い長い計画の果て、ヒトは、人工的な進化を遂げた。
地球は、地球と生態系を畏怖する獣性と人間の理性を持ち合わせた新人類の楽園になった。
僕はなるべく音を立てないよう、移動を始めた。
聴覚だけに優れた者など、掃いて捨てるほどいるのだ。それに、ネコ科ネコ目の兵に見つかってみろ。奴らは、丸腰でもその口や指の先に、凶器を隠し持っている。
なるべく見つかりたくない。
…おそらく、知能堪能だった旧人類の彼は、人類史や医学には明るくとも、生物史や生物学は専門外だったのだろう。
獣性は、地球のバランスに従うだけのものではなかった。
自分たちの種族が、仲間が、生き残るために闘争する力もまた、獣性だったのだ。
そんな獣性と、人間の持つ抜群の社会性が合わさった時、新人類は戦いを発明した。
新人類たちはごくごく自然に、自分と上手くやっていける人類同士で助け合って生活し始め、コミュニティを作り出し、他のコミュニティと縄張り争いを始めた。
獣化によって自前の武器を得た人類たちは、かつてのヒトよりも早くに抗争を始め、それはあっという間に伝播した。
やがて新人類たちは、各々が各々の繁栄のため、武器を抱えて地球上を駆け回ることになった。
自前の獣としての能力を使い、こぞって旧人類の古代テクノロジーを解析し、新たな武器と新たな獣性や理性の使い方を学び、同類の敵を殲滅する。
こうして新人類は、食物連鎖の頂点で今も栄華を極めている。
耳を澄ます。
ラジオの周波数が聞こえる。僕たちの使っているものとは違う。少し高い。
超音波を発したいが我慢する。
敵の中に僕のような種族がいて、索敵をしていれば、即座に聞きつけられてしまう。
1人の斥候ほど、パトロール隊に格好のエサはない。
僕は慎重に岐路を辿る。
耳を澄ますと、さまざまな周波数の、さまざまな情報が聞こえる。
新人類に飛膜はないから、僕は飛べない。
あったとしても、ヒトの脳は、空を飛ぶには重すぎるだろう。
飛びたいな、と思うことはあるが、無いものをねだっても仕方ない。
遥か東の空がうっすら白んでいる。
早く帰らなくては。
僕は静かに、慎重に、素早く走り出す。
真っ暗な空に、僕の同種の声が聞こえる。
自由な野生生物の、僕の同類。
空を見上げる。
真っ暗な闇の中を、コウモリが羽ばたいて、梢の影に消えていった。
5/4/2024, 2:45:10 PM