きっかけは些細なことだった、と思う。
父親に似て整った顔立ちと背丈、私に似て肉付きのいい身体は我が娘ながら世界一美しい。多少わがままが過ぎるのが難点ではあるが、それも許されてしまうほどの器量と才覚を持ち合わせている。
嫉妬とはちがう、羨望ともちがう。とても恐ろしい子。
「お母さんってこんなドレス持ってたんだ」
若い頃に買ってしまい込んでいたパーティードレスを娘が着ていた。大切な思い出の品だ、はやく脱いで返しなさいと強い口調で言った。
あれほど人のものを勝手に漁るなと注意したのにまただ。
「もうこんなの着ないでしょ、わたしがもらってあげる」
ふざけるな、大切なものだと言ったでしょう。はやく返して。つい怒鳴りつけてしまえば、娘は頬を膨らませて不満そうにした。でも急にいやらしく笑ってドレスの裾を掴んで、思いきり割いてしまった。
「お母さんが悪いんだよ」
その言葉で、何かがプツリと切れた。
娘の髪を鷲掴みにして引き倒し、力いっぱい頬を叩いた。痛いと泣き叫ぶ娘の声に夫と親戚たちが駆けつけてきた。夫はすぐに私を抱きとめて落ち着けと言い、親戚どもは娘をかばう。たった一発殴られただけのくせにシクシクと気味悪く泣き続けて鬱陶しい。
『無理だった、やっぱり無理だったの。私は子供なんて育てられない』
娘の前で言った。言ってはいけないことだとわかっていた。その言葉の重みを私は知っているのに言ってしまった。これではどちらが子供かわからないじゃないか。
夫は私に何度も謝った。いつの間にか娘の泣き声が止んでいる。失望しただろうか、それともショックを受けたか。罪悪感と期待がごちゃまぜになって泣いているのに笑いがこみ上げてくる。
『やっぱり、私は狂ってるよ』
娘の謝罪が聴こえるけれどそんなの知らない。腹を痛めて産んだだけの他人の言葉などどうでもいい。ただ慈愛に満ちた目でそれでも愛していると繰り返すこの人だけいればどうでもいい。
――ねえ、私を、わたしを、愛して
【題:子供のように】
10/13/2024, 12:47:12 PM