私は、付き合っている人がいる。
男前でかっこよくて、でも愛情表現もしっかりしてる優しい人。愛しい人。大切にしたいと思っていた。けれど、その人は急にいなくなった。
どこに行ってしまったのか、見当もつかない。
あの人のいないこの部屋が、こんなに静かで寂しいだなんて。私の呼吸の音だけが響いて、反芻する。怖い。あの人を失うのがとても怖い。警察に頼るべきだろうけれど、もしかしたらふとした拍子に帰ってくるかも、という希望が捨てられない。ご家族にはまだ挨拶をしていないから、行方を知らないか聞くこともできない。
どうしたらいい?
物音ひとつない部屋に、夕陽が入り込む。部屋は朱く照らされて、その光を私も無抵抗に羽織る。赤い。顔を伏せて微かに見える外にカラスが飛んでいくのが見えた。
あの人もどこかに飛んでいってしまったのかな。
知らぬ人よ、聞いてくれ。
私には付き合っている人がいる。出会ってすぐに結婚を決めてしまえるほど良い女性で、結婚には踏み切れなかったものの同棲の話が出た。嬉しさのあまり、会社の同僚にその話をしたら、逆上された。同僚とは飲みにいったり、食事に行くことはあったが、二人きりの空間になることはなかったし、彼女が言っていることはちぐはぐだ。
私は、彼女から逃げる為に必死に逃げて、逃げた。逃げたはずだった。
それなのに、彼女は私の家に今いて、足元には愛する人が横たわっているのが見える。かろうじて肩が動いているのが見えて、生きていることに安心したが、彼女は勝手にカーテンを開けており、煌々と入る夕陽のせいで愛する人が本当に無事なのかが分からない。
彼女は私を見るとニタ、と笑って机から立ちあがった。
「やっぱり、帰ってきたね。」
【もう一つの物語】
10/29/2024, 1:24:27 PM