かたいなか

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「そういやどこかで『勝てないものに立ち向かうな。離れろ。津波が来たら高台に避難するし、クマに会っても立ち向かわないだろ』っての、見たな……」
うん。逃げは、大事だと思う。某所在住物書きはため息を吐いて天井を見上げ、目を閉じた。

スマホ、散歩、読書、酒、ゲーム。
現実逃避の手段を探せば色々出てくるが、面白そうな「変わり種」はなかなか思いつかない。
物書きは部屋を見渡し、なにか1個でも得意特殊を探そうと努力したが、最終的に成果は何も無かった。
「極論、人生のトラブル全部から逃避したい……」

――――――

かなわない相手から離れる。ひどい現実からちょっと逃げる。結構大事なことだと思います。
自分の執筆スキルの程度がバチクソ再認識されてしまうため「みんなの投稿」を時折しか見ない姑息な物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某そこそこ森深い稲荷神社に、不思議な不思議な、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、敷地内の一軒家にて、家族で仲良く暮らしておりました。
そのうちホンドギツネな父狐は、某病院に漢方医として勤務して納税もする、戸籍上40代の既婚。
人間の知ってる漢方薬と、稲荷の狐の不思議な薬で、都の悪しき感染症や不調等々に立ち向かう、とっても善い化け狐なのです。

そんな稲荷神社の敷地内の、父狐が大事に大事に育てている薬草の庭に、去年植えた木がありました。
ウンシュウミカンの木です。メタいハナシをすると、12月30日頃の投稿分です。ぶっちゃけスワイプがバチクソ面倒なので、細かいことは気にしない。
ともかく愛する母狐に、賢く美しいお嫁さんに、喜んでほしくて褒めてほしくて、
コンコン父狐、ちょっと植え付けの時期を間違えましたが、生薬「陳皮」のための苗木を、お小遣いはたいて買ってきて、薬草の庭に植えました。

さっそくですが、お題回収です。
そのミカンの木、今日の酷い強風で、ポッキリ一番大きい枝が、なんと折れてしまったのです。
ぴし、バキッ!
森の中だから風も弱まって安心。大丈夫。
油断していた父狐。なにがどうしてそうなった。
ぶっちゃけ理由なんて今回のお題が「現実逃避」だから、なのですけれど、
ともかく、ピンポイントで、薬草の庭の若い苗木を最大瞬間風速20m以上が襲ったのです。
あら災難。

「大丈夫。だいじょうぶだよ」
せっかく根付いたミカンの木、せっかく一番大きい状態だった筈の枝の1本を、折れ落ちてしまったそれを抱えて、しょんぼり、父狐は自分に言い聞かせます。
「幹はちゃんと、残ってるもの。2番目に大きい枝も、3番目に大きい枝も、残ってるもの」
それはひとつの逃避でしたが、同時に、父狐に事実を突きつける両刃でした。

「大丈夫」と言うたび、「だけど、折れたよね」が顔を出します。
「2番目も3番目も無事」と言うたび、「つまりは、1番目が折れたよね」が顔を出します。
現実逃避したいのに、現実逃避するたび、現実がハッキリ見えてくる。コンコン父狐、悲しくて悲しくて、化けて隠してた狐耳も狐尻尾も、しょんぼり出てきてしまいました。

こうなったら、お揚げさんをたくさん食べて、お神酒をがっぽり飲み干して、気を失ったように眠るしか逃避方法はありません。
コンコン父狐、折れたミカンの若木の枝を大事に大事に抱えて、お台所に油揚げを探しに行こうとしましたところ、 まさに、そのときでした。

「あら、どうなさったの?」

父狐のお嫁さん、賢く美しい母狐が、枝の折れた音を聞きつけてやって来たのです。
ああ、かかさん、私の愛しい愛しいかかさん。私はもう、完全に打ちのめされてしまったんだ。
ミカンの枝を抱える父狐、自分の心の裂けてしまったのを、母狐に伝えようと口を開きますが、
言葉が、出てきません。
そんなコンコン父狐を見て、母狐、顔色を少しも、ちっとも変えずに、淡淡々と言いました。

「嬉野茶の取り引き先にミカンも育ててる方が居て、今丁度いらしてるの。連れてきますね」

もしかしたら折れた枝が挿し木。今後の強風対策も少し。云々。ぽつぽつ言いながら母狐、なんにも絶望せぬ風に、とてとて歩いてゆきました。
「うれしの、……佐賀県?」
大事に大事にミカンの枝を抱える父狐、ポツンとひとり。佐賀県ってミカンもやってるんだと、ぽっかり、口をあけておりましたとさ。
おしまい、おしまい。

2/27/2024, 2:32:54 PM