とある国の どこか遠い場所。
暗がりの中で、金色の目が光りました。
「きゃっ!」
やみ夜の中で驚き立ち止まった王女様の前を、一匹の黒猫が横切っていったのです。
黒猫は不吉な予兆。
そう言い伝えられているこの国では、忌み嫌われている存在です。
王女様も例に漏れず、黒猫が通り過ぎ去った道を、顔を顰めながら見つめました。
それもそのはず。
王女様は、結婚が嫌で逃げ出していたからです。
相手がどんな人間がなんて知りません。
王女様は、結婚すること自体が嫌だったのです。
(知らない国に一人で嫁ぐなんて、寂しいもの)
だからどうしても捕まるわけにはいかなかったのです。
黒猫は、王女様の意にそぐわない結婚を予兆しているかのようで、王女様の心を不安にしました。
また暗がりで、金色の目が光りました。
王女様は怖くなって、さらに歩みを早めようとした時、足元を黒い影が横切りました。
小さな悲鳴をあげ、反射的に立ち止まった王女様でしたが、突然後ろから誰かに抱き上げられました。
ランタンの光に照らされた相手は、とても綺麗な男性でした。
彼は、王女様が口を開く前に捲し立てました。
「ダメじゃないか! このまま進んでいたら、君は崖から落ちていたんだぞ!」
そう。
暗がりで気が付かなかったのですが、王女様が向かおうとしていた道の先は、崖に続いていたのです。
(もし……黒猫が横切らなければ……私が立ち止まらなければ……)
王女様は、真っ逆さまに落ちる自分を想像して、ぶるりと身を震わせました。そして、助けてくれた男性に大変感謝しました。
*
結婚式が始まりました。
王女様の顔には笑顔が浮かんでいます。
何故なら、今伴侶として隣にいるのが、あの日自分を助けてくれた男性だったから。
彼こそが、王女様の結婚相手だったのです。あの日、王女様がいなくなったと聞き、いてもたってもいられず、一人探しに飛び出したのです。
それを知り、王女様は自分の身勝手さを恥じました。
そして、彼のことをもっと知りたいと思うようになり、いつしか愛情へと変わったのです。
王女様は彼の国へ嫁ぎました。
しかし一人で寂しくなんてありません。
優しい夫、子供たち、そして黒猫たちに囲まれて、末長く幸せに暮らしました。
黒猫が救い、縁を結んだこのお話は国中に広がり、黒猫はいつしか恋愛の象徴として、長く人々から愛される動物となったそうです。
10/28/2024, 1:35:32 PM