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「手を取り合って」

目覚めた時間は午前5時。かろうじて熱帯夜ではなかったが、朝日が差し込む部屋は徐々に温度が上がる。開いている窓から外の気配を感じる。窓を開ける音、歩く人の足音、犬の声、新聞を取る音、いつもの朝の空気だ。

早く目が覚めたからお弁当でも作ろうか。卵焼き、人参のナムル、なすとピーマンのみそ炒め、たこさんウインナ、プチトマトを小さな弁当箱につめて、ご飯はゆかりのおにぎりに。

自分のためにお弁当を作るのは久しぶりだ。最近はコンビニご飯に頼ってしまっている。そういえば、よくコンビニで会う老夫婦は今日も来ているだろうか。いつも仲良く手を取り合っている。

でも、仲がいいだけではないのを知っている。奥さんは脳梗塞の後、歩行が不安定になった。ご主人は入院している間、毎日のように面会に来て奥さんを励まし続けた。長いリハビリを経て今のようになったのだ。

亭主関白で家のことも子どものことも奥さんに任せきりだったそうだ。それでも奥さんの病気を契機に変わった。今まで頑張ったからご褒美もらえたのかしらと笑っていたことを思い出す。

自分にはそんな相手はいない。今日も仕事を頑張るだけだ。制服に着替え持ち場につく。ざわめく心にふたをして淡々と丁寧に進めていく。4人部屋、2人部屋、個室と病室は並んでいる。

期待するな。もう一度自分に言い聞かせ、彼の部屋をノックし、部屋に入る。今日はベッドに横たわったままで点滴をしているせいか、目を閉じたままだ。何の病気なのだろう。つらいのだろうか、命に関わるのだろうか。何もわからない。知りたいと思うな。

昼休み、休憩室で弁当を食べる。誰とも手を取り合うことがなくても毎日は続く。明日も弁当を作ろう。私は私のできることをするだけだ。

7/15/2024, 9:08:37 AM