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秘密の箱

車から降りて2車線の広い道路に出る。
ガードレールを越えて崖が作る階段を降りたら
そこは僕だけの海だ。

いつも僕はひとり、ここで放課後を満喫していた。
ゴーグルつけて、泳ぐ魚を見たり。
岩場にいるカニや虫を眺めたり。
波音を聴きながら眠ったり。
貝殻を拾って絵の具で色を付けたり。
海はいつも新しい発見があって楽しい。
いつしか僕はその発見を誰かに共有したくなっていた。

ある秋の終わりごろ、僕はその僕だけの海に女の子を見つけた。

その女の子は、深緑の髪の毛を腰まで伸ばして、クラゲのようなジェル状の物を上半身に纏っている。
触れたら手が切れそうで、空を反射する海面のような鱗と、
つやつやでエメラルドグリーンの魚のヒレを
波のようにゆらゆらと動かしていた。
人魚の女の子だ。

僕の秘密の場所に人魚の女の子がよく現れるようになった。
僕は海で見たもの、岩場にあったことをその子に話すとその子は、海の深くはもっと不思議で綺麗なものがあると話をしてくれた。

僕たちはその小さな小さな海で大きく優しい時間を過ごした。

ある日、人魚の女の子は僕に別れを告げてきた。
もう、海面に近ずいてはいけないと怒られてしまったらしい。
女の子は僕に手のひらに収まるくらいの箱をくれた。

わたしときみの秘密の箱だよ

こう、仕事に疲れている時はその箱を優しく振っている。
中身は何の変哲もない、貝殻や砂や石、乾燥した海藻。
-それとあの子の鱗。
秘密の箱を振ると出会ったあの時の波音、あの子の声、僕の心臓の音が蘇る。潮風が顔を撫で、鼻を通る。
海に浸かっているかのように全身が冷える。
身体が波で揺れる。
僕を誘うように、冷たい手が触れる。

僕だけの海と僕はこの、秘密の箱に閉じ込められた。

10/24/2025, 11:39:47 AM