たかなめんたい

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『刹那』

言葉にした瞬間、もう違う。

そう気づいたのはいつからだろう。「好き」と口にするより先に、その感情はすでに形を変えている。声に乗せるあいだに、何かが剥がれ落ちる。残るのは正確な複製ではなく、近似値。それはもう、嘘の一種だ。

感情というのは、名前を持たないうちが一番純粋なのかもしれない。胸の奥で火花のように散って、まだ何ものでもない、あの一瞬。それを「切ない」と呼んだ途端、輪郭ができて、温度が下がって、标本のように固まってしまう。言葉は救済でもあるが、同時に、感情の死亡診断書でもある。

刹那、という字がある。仏教では七十五分の一秒、あるいはそれよりもずっと短い時間の単位だという。人が「感じた」と認識するより前に、すでに無数の刹那が生まれ、死んでいる。だとすれば、私たちがどこかで感じたと思っているものの大半は、記憶が後から作り上げた物語に過ぎない。感情の実物など、最初から誰も触れたことがないのかもしれない。

それでも人は言葉を探す。

嘘だとわかっていても。近似値しか掴めないと知っていても。むしろその不完全さに縋るようにして、「愛している」と言う。「悲しい」と言う。言葉が感情を裏切るたびに、また新しい言葉を重ねる。その連鎖が、どこか愛おしい。

私はあなたに、本当のことを言ったことがあるだろうか。

声にした瞬間に零れ落ちるものを、あなたはどこかで受け取ってくれているだろうか。言葉の隙間に滲んだ、あの、まだ名前のない感触を。

4/28/2026, 3:04:00 PM