俺たち異界研究者は魔法という言葉が好きではない。定義しがたい、と言った方が実態に近いか。
俺たちのいる『こちら側』ではあり得ない現象も、ここではない場所である『異界』の中では当然のものかもしれないわけで、「起こりえないこと」を示す「魔法」という言葉は相応しくない。
仮に『異界』の不思議が『こちら側』に持ち込まれても、それは「異界の理」であり魔法ではない……、とまあ、俺たち異界研究者という人種は総じてクソめんどくさい思考の持ち主ってわけだ。
さて、そんな俺たちでも「魔法」と定義するものがあるとすれば、あらゆる『異界』を自在に渡り歩く連中の能力なわけだが。
もう一つ、俺が個人的に「魔法」と思っているものがある。
「なあ、X?」
「何ですか?」
リーダーに発言を許可されている「生きた探査機」異界潜航サンプルXは、左右でちぐはぐな色をした目をこちらに向ける。
その日本人らしからぬ琥珀色の左目にはどうも魔法が篭められているらしいのだが、Xに使いこなせないとかなんとか。
だから、俺が「魔法」だというのは、全く別のところであって。
「どうして、言ってもいない俺の住所と彼女の住所を特定できるんすかね……?」
「伺った、お話の中で、特徴的なランドマークがいくつかあり、移動時間と乗り物から、距離の推定が可能でしたので。……不愉快に思われたなら、すみません」
恐縮、を体現するかのように身を縮ませるXに、思わず溜息をつく。感嘆の吐息と言いかえた方がいいかもしれない。
この、俺は名前も背景も知らない、ただ生まれも育ちも『こちら側』のはずの「生きた探査機」が、時折見せる人並みはずれた推理力。
俺の知る中でもっとも不可思議なそれを、こっそり「魔法」と呼んだところで、きっとXを知る誰もが否定はしないだろう。そういうことだ。
20250223 「魔法」
2/23/2025, 11:06:27 AM