「この歌をおわらせないで」
まだだ、まだ曲を止めるな。
ルノアの合図はラシーアに届いたか。
確かめるすべもなければ、状況を伝えてくれる者もいない。
この歌劇が幕を下ろせば、すべての徒労は泡沫と帰す。それだけは、何としてでも避けねばならない。
『安心して。わたしが公爵の気を引きつけるから』
彼女の言葉を信じて我々は“ 要塞 ”へ向かう。
公爵が少しでもこちらの動きに気付けば、人質もラシーアも無事では済まない。
『気をつけて、未紗ちゃん! その先は――』
寸時に聞こえた彼の声も、またノイズに掻き消されてしまう。要塞の発するジャミングウェーブだ。
「シェジフくん? シェジフくんッ!!」
未紗はインカムを握り締めて叫ぶ。返答はない。
もともと秘密通信支部局であった【シドルベイ】の事だ、外部からの傍受対策をしていない筈などないことは容易に想像できていたのだが。
「通信が途絶えた……どうしよう、中の状況が分からない」
要塞への防壁は三十層と隔てられており、一層一層の権限名も異なっていて厳重なセキュリティで閉ざされている。
しかし足を止めていては人質救出までに間に合わない。事は一刻を争うのだ、未紗に逡巡している時間はなかった。
「頼むラシーアさん……もう少しの間耐えてくれ」
ガラスの靴がなければ演者は踊れないと、誰が云った? こちとら砲撃に耐える鉄甲の躰もあれば、翔ぶための翼もある。
彼女が地底の劇場で舞うのなら、こちらは空の壇上で躍り狂おうじゃないか。
「術式展開――“ 剪逆 ”!!」
時計の針は“ VII(ジューテ) ”の方角を指し示す。
踊り出しに合わせて翼はさらなる機銃を展開する。
未紗の銃剣に閃雷が迸る。
「さあ、公爵……子供たちを返してもらおうか!」
耳をつんざく轟音――。
壁は一気に貫き灼かれ、辺りを豪炎が覆い尽くし、あとは鈍いばかりの余韻が脳を、躰を軋ませる。
何層の防壁も、如何なる鋼鉄の轍も、天地を越えた協奏の劇を前にすべては無力な鉄屑と化す。
未紗とラシーア。たとえ手を取り共に踊れずとも、二人の目が捉える敵は同じだから。
“ たとえ傍にいなくとも、あなたと同じ旋律で。 ”
2023-11-29
(2023-11-28のお題「終わらせないで」を使用させていただきました)
11/29/2023, 10:54:27 AM