何を思ったか、この無粋な男からまさかの申し出だった。朴訥フェイスで正直、何を考えているかさえわからない。
で、何処の…?と聞いても、なんだか釈然としない答えが数日続いた。その間LINEも殆どなかったし、痺れをきらした俺が「なぁ、行きたいってそっちが言ったんだろ?」と突っ返したら、今度逢おうとしてる機会さえも消えてしまいそうな雰囲気だった。
結局、期待するような返答もないまま、明確な場所も与えられなかった。そしてそのまま、約束の週末を迎える羽目となった。
それでも一応はその誘いを信じて、予め予約しておいたレンタカーに乗り込む。
どこまでも長いラインのような一本の道を、東、東へと向かっていた。
遠く、肉眼からでもわかる。運が良ければイルカが跳ねる姿が見えると有名な海が広がっている。数日続いた天候の悪さが嘘のようだった。
久しぶりの映えた蒼との相性は、こちらの気持ちも同じ色に染まっていく。
けれどふと我に返り、真横にいる存在を意識すると、いつもの無粋な男がちゃっかりと、視界に映り込む。
…安定の、朴訥フェイスで。
俺は虚な目を向ける。
口下手なナビほど、頼りないものはなかった。
結局ここまで来れたのは、ぐーぐる大先生のおかげである。
砂に足をとられながら歩き、ようやく辿り着く。
吐く息の白さ。少し肌寒く感じた。遠くからみる蒼とはだいぶ違った印象を抱いた。
(こんな季節に、此処に来る事があるだなんて。)
陽の光が海面をてろてろと走り、吹き付ける風によって時にうねりを伴う。時に、荒々しい表情に、暫く魅せられていた。
その荒々しさは、夏に魅せるものとまるで真逆の光景だった。
隣の使えないナビがこんな光景を知っていたことが、信じられなかった。
普段何も興味がないような、死んだ魚の目をしているこの男から、久しぶりに届いた、たった1件のLINE。
ーー『春の海を見に行こう』と。
社会人になって世間の荒波を例えるならば、夏なんかより断然、春の海に近い気がする。
大人になってからわかる、本音と建前との狭間、社交辞令とかそういう余計なものが多すぎる現代社会。
素直でありたい反面、嫌でも曲げさせられる現代を生きる。
そうしてまた季節が過ぎ、…迎える頃に、海を探しに行くようになった。自分たちだけの海を。
何度も目にする度、荒くれた海原は、自分達の葛藤でもあるかのように思えた。
人の行き交う雑踏から抜け出して、空っぽの状態で過ごす貴重な時間。
今日も久しぶりに足を運んだ海岸は、幸いにもあまり人の姿はない。足が疲れたので少し海から離れて、道沿いのコンクリートに腰を下ろす。
今日の『ナビ』は珍しくおしゃべりで、普段のアイツらしさはなかった。
***
最近、LINEすらまともに返す時間がない。
電話も殆どだ。それはここ最近、特に…。
ただ会話するのが嫌いなわけでも、気持ちを言葉にする事が苦手だと言うわけでもない。
それは自分の会社で起こっていることで、あいつにはなんの関係もないことだ。会社の内部は殆どがクロだと知った。しかしこの事情を聞かせるのは…本当に、あいつにとって必要なことなのだろうか。
もう少しだけ、、この静寂を。
…隣の男の澄んだ目が、まだ、覚めぬうちは。
お題:1件のLINE
7/11/2024, 3:19:01 PM