Mey

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夕陽が差し込む誰もいない教室で、私はメガネケースから真新しいメガネを取り出した。
学校の視力検査で引っかかり、眼科受診の後眼鏡屋さんでたくさんのフレームを試着して迷いながらなんとか1本に決めて、昨日受け取ったばかりのメガネ。
友人やクラスメイトから、メガネをかけた自分をどう思われるかわからなくて、自信がなくて、かけられなかったもの。
でも、昨日受け取ったメガネをかけて店内でお試ししてるときに、思ったのだ。
メガネをかけて、教室から見える海が見たい、と。

4階建ての校舎の最上階に私たちのクラスがある。
一緒に帰る友人には1階の昇降口で「忘れ物しちゃって取りに行ってくる。先に帰って良いよ」と伝えた。
「じゃあ待ってるよ」と口々に言ってくれたけど、誰も一緒に行くよとは言わなかった。それで良い。だって誰もいない教室でメガネをかけたかったんだから。

俯き加減でそっとメガネのツルを耳にかけた。まだ慣れなくて恭しい手つきになる。
「わ…っ!」
高台にある校舎の4階から、湾や半島が見えることは聞いていた。
視力が悪すぎて、薄ぼんやりしか見えなかった景色がメガネをかけてクリアになる。
海、半島、風力発電のプロペラ、遊園地の観覧車も見える。
夕陽を受けてキラキラ輝いてる。
「すごい。見てて飽きないかも」
もう少し、あと少しと見ていたい気分だったけど、友人は「待ってるよ」と言ってくれている。もう戻らなきゃ。
メガネを外そうかどうしようか迷って、とりあえずかけたまま教室を出る。
廊下には生徒の作品が飾られているし、渡り廊下から校舎外の景色も見てみたい。

「あー、メガネー!」
昇降口よりもだいぶ手前で、迎えに来てくれた友人と合流した。
友人の前で不思議とメガネを外そうという気にはならなかった。
クリアな視界の新しい発見が楽しかったから。
「うん、メガネ忘れちゃって」
私は笑顔の友人たちに、メガネをかけたまま答える。
「うん、似合う気がする」
「うん、かわいい気がする」
「気がするって」
笑いながらツッコミを入れる。
「なんか見慣れなくて。でもやっぱりかわいいよ」
「似合う気がするよね。朝からメガネすれば良かったのに」
「なんか、自信なくて」
「大丈夫、大丈夫。かわいいし、似合ってる気がするから」
「やっぱり気がするなんだ」

誰もいない教室で、初めてメガネをかけた日。
初めて教室から海を眺めて感動した日。
友人の軽やかな明るさに触れた日。



誰もいない教室

9/6/2025, 3:39:35 PM