これからも、ずっと
風邪がなびいている。春風というものは出会いも告げれば、別れも告げる。
仕事のためにワイシャツを着る。襟元を整えながら歯を磨き、髪の毛のセットに時間をかける。その後ネクタイを締め、上着を着て、家の電気を消す。
家の鍵を閉めて、今日もまた、いつものようにいつもの場所へと向かう。
左手に、社会人では必需品となってしまった腕時計がいる。それをのぞき込み、歩く速度を決める。
今日は少しゆっくり歩いても問題はない。いや、いつもゆっくり歩いている。それが分かってしまうほど、僕はあの場所へと向かっている。
いつものように裏道を使い、近道を歩む。周りの目線が冷たかったのは、いつからかなくなっていた。
階段を登り、やっと着いた建物の扉を開ける。
「おはようございます」
返事は無かった。おかしいな。この時間なら、もうとっくにいるはずなのに。
彼の住処である屋上へ登る。しかしそこにも彼は、いなかった。
「……先生?九条先生?」
テントの中を見ても、また下に降りて事務所を確認しても、どこにも、いない。
電話をかけて応答を願う。何分耳に携帯をあてても、返事はなかった。
焦っている自分を隠すように自分のデスクに座り、雑務をこなす。パソコンを開いて、今日のニュースを確認する。あの人は、事件に巻き込まれてもおかしくはない。
……いや、何もない。彼に関する情報は、何もない。
僕はこれからもずっと、九条先生の隣にいるものだと思っていた。なのに、なんで。いない。僕の隣には、空気しかない。あの重い何かを背負った彼は、いない。
「烏丸先生、遅__」
「九条先生!何してたんですか?大丈夫ですか!?事件に巻き込まれてたり……」
「落ち着いてください。とりあえず、時計を見てみてください」
言われた通り自分の腕時計を見る。すると九条先生は、事務所に置いてある時計を指差し、僕の顔を上げさせた。
「……え?」
なんだこれ。一時間ズレているじゃないか。今までの心配は、僕の遅刻ってことで終わるってこと?
「烏丸先生。寝不足ですかね」
「はあ……心配して損しました。すみません。遅刻して」
「あ、やっぱり心配してくれてたんですね?」
やっぱりこの人は、人をおちょくるのが好きだ。
僕のセットした髪の毛を優しく二回叩くと、彼はまた外出しようとしていた。その後について行く。
「九条先生……これからも、ずっと。僕の遅刻、許してくれませんか?」
照れくさくて本音が出ないのは、安心したという証拠か。
「ええ。……これからも、ずっとね」
九条先生は笑っている気がした。
4/8/2026, 10:22:44 AM