烏羽美空朗

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ゴボゴボゴボゴボ……沸騰を急かすように次第に大きくなっていくそれに、聞いているこっちまで少しばかり不安を誘われる。
数秒後、カチッ、という音を最後にその音が遠ざかっていくのを感じ、俺は安堵して本を閉じた。

湯通しで温めておいた透明硝子のポット。その中にスプーン一杯分の茶葉を入れてから、未だ沸騰中のお湯をゆっくりと注いでいく。透き通った橙が重なり、だんだんと濃くなって、濁って。夕日とは少し違うすっきりとした橙だが、俺はこの橙も好きだ。

三分見つめて、スプーンで一かきしてからティーカップに注ぎ入れる。
微かに香るアールグレイ。ミルクもレモンも混ざっていない、芳香剤にするには控えめで上品すぎる、透明な香り。

最後の一滴が落ちる。書斎机に運ぶ前に一口だけ飲んでみると、ほんのり苦味を感じるが、不快ではない。むしろ、内側からだんだんと温まっていく身体は安らぎを感じ始め、思わず溜め息が溢れる程だ。

気取っているようだが、紅茶を飲みながらの執筆はなんだかとても雰囲気が良くて、いつもより鉛筆が進む気がしていた。

……一度だけ、注意力散漫で鉛筆を持ったままカップに手を伸ばし、バランスを崩して原稿用紙に盛大にぶちまけたことがある。周りの小物までをも巻き込む大洪水は、今も苦い経験として俺の中と机のシミに刻み込まれている。

その苦味を持ってしても、この安らぎは捨てがたいのだ。

紅茶の香り

10/27/2022, 1:21:09 PM