特盛りごはん

Open App

 夏の長い日中を経て夜を迎えた町はまだ昼間の熱を伴ったまま。そんな熱気で溢れた石畳を歩く人々の間を縫うように下駄を鳴らしながら早足で抜ける小さな影。浅葱鼠の浴衣に柔らかな紺鼠の兵児帯を合わせたまだ小学校低学年程に見えるその少年は、舞うように人混みを通り抜けていく。
 屋台沿いから少し逸れいくつかベンチが設けられた所謂休憩所の区画で呑気にたこ焼きを頬張りながらその姿を認めた少女は、思わず感嘆の声を漏らした。

「あの子凄いねぇ」
「どの子?」
「ほらあの子。今かき氷屋の前らへんでグレーっぽい浴衣に紺か黒かの帯してる」
「……そんな子いる?」
「小さいからなぁ」

 ほら今お面屋さんの前にいるよ。少女はそう言葉にしようとして、こちらを見つめる狐の面と目が合った。子供に人気のアニメキャラクターや特撮ヒーローのお面が並ぶ屋台を背に、少年は先程までの流れるような動きが嘘のように静かに佇んでこちらを見つめていた。
 直接目の見えないお面越しでも確証があった。今、目が合っている。
 浴衣姿で屋台の白熱灯の灯りを背にそこに立つ少年はいやに幻想的で。狐の面も相まって随分と絵になっていた。
 その狐の面が微かに上にずらされ現れた口元が悪戯に笑う。そっと小さな手の人差し指がそこに当てられた。

「その子まだいる?」

 友人の声に意識を引き戻された少女は、少しの逡巡の後に静かに首を振った。

「……ごめん。もういないみたい」
「そっか。その子、なにが凄かったの?」
「んー…………ナイショ」
「なにそれ」

 呆れる友人に謝罪を返し、ふわふわと兵児帯を揺らしながら軽やかに人混みへと消えてゆく背中を見送る。
 そう、内緒。ただの野狐か御使い狐か。もしかしたら神様、はたまた別の何かかは知らないけれど。
 お忍びを邪魔するのは、野暮ってものだ。



/お祭り

7/28/2023, 10:21:54 PM