消えてしまう気がして、目を醒ました。
いや、正確には眠っていたわけではないのだが、意識が、過去から戻ってきた感じだ。
ずいぶん長い時間が経ったようなのに、ローマ数字の置き時計はさっきから一分も進んでいない。
何をしていたんだったか。
ここは、私の部屋。いつもの家具の配置、天井まで平積みになった本や書類。今、私はベッドに座っているが、この上に広げていた資料はどこへやったっけ。カーテンが翻り、紅い光が射し込む。置き時計の回転振り子に反射して、私を包む空気が紅く染まった。かつて死の間際に見た景色が頭をよぎり、スッと表情に影がさした。
ドアが開く音がして、とっさに身構えるが、入ってきたのは彼だった。
そういえば、昨日から一日休みをもらったのだが、逆に無理をしてしまったらしく、医局まで連行されたことを思い出す。昼過ぎに帰ってきたが、仕事をしている時にいきなり呼び出されたのは肝が冷えた。まあ、その後医局からの帰りに倒れるまで自分でも不調に気づかなかったのだから、気がついた彼は本当にすごいと思う。本当に。
私を心配して、なにか質問しているようだが、頭に靄がかかったようで、正直、話が入ってこない。
気持ち的にはかなり回復したつもりだったが、体の方は思うより重症だったようだ。重傷でもあるが。
異能力も、魔法も、術も、禁止されてしまって、体調を取り繕うことができない。どうやって誤魔化そうか、と考えたところで、どうやら私は普段から、無意識のうちに様々なことを誤魔化しているようだ、と気がつく。
早く仕事をしなければいけないのに、いや、期限付きのものは1ヶ月先の分まで終わらせたんだった。
でも巡回警備がある、いや、当番は来月からだ。
友達に頼まれていた機械修理、も、この間終わらせた。
あれは、終わった、これは、終わった、あのときの、も、終わった。
あれ…?なにも、すること、ないじゃないか。
休んでいる暇はないのに、することがなくなってしまった。どうしよう。なにか、役はないか。
演じなければ、私を、つくらなければ。
いつもの私は、なにをしていた?
なにが好きで、なにが嫌い?
するべきことは、なに?
なあ、頼むから優しくしないでくれよ。
私は、やらなくてはいけないんだ。
なにを?
守らなくては。
誰を?
早く、速く、はやくしなくちゃ。
なんで?
嗚呼、どうしよう。
そんな目で、見ないで、看病も、しなくていいから、友達にも、知らせないで、待って、いかないで、救けなくて、いいから、一人に、しないで、あっちに、行って…
なにを考えているんだろう。矛盾、矛盾、矛盾。
おかしいな、これくらい一人で、耐えられるだろう。家に、一人は寂しいな。いや、おかしいよ。
なんだ?変だな。思考がまとまらない。頭は動かないのに、眠れない。君はずっとここにいるつもり?私なんかの相手、つまらないでしょう?仕事もあるだろうし。帰っていいよ。食事?ちゃんと取るからさ。薬も、飲むよ。寝れるかは、わからないけれど。ちゃんと休むよ。一人で、いいからさ。迷惑かけたくないんだ。みんなに、離れてほしくないんだ。だから、一人にしてくれないか。
だから、優しくしないでよ。
5/2/2024, 12:37:57 PM