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『手を繋いで』

ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷん。一歩進む度に水面が跳ねる。

最初に浸した足先から順番に、今はもう腰の辺りまで浸かっている。体温なんてものはとっくに奪われてしまって、もはや感覚もない。ひどく冷たい水の中でも唯一分かるのは、固く繋いだ手の感触だけだった。
胸にじんわりと滲んだ不安をごまかしたくて、まだかろうじて言うことを聞く右手にぎゅっと力を込める。正直もうほんの少ししか動かせてはいないだろうけど、それでも絡んだ指先は応えるように手の甲を撫でてくれた。

「なぁに、やっぱり戻りたくなった?」

心の内側を見透かしたように降ってくる柔らかい声に、前を向いたままゆるりと首を振る。
目に見えて迫っている終わりが全く怖くないかと言われれば嘘だ。でもこんな時でも変わらない優しい声音に絆されて、込み上げた恐怖も不安も瞬く間に解れていった。

ゆっくりと冬の海に沈んでいく一人と一人。
きっと最期の最期まで、繋がれたその手が離れることはない。
絶えず淡い光を落とす月だけが、ただ静かに彼らを見守っていた。

12/9/2024, 11:56:06 AM