「moonlight」
深夜2時頃、ようやく課題が一区切りついた。描いていたのは油絵。高校の美術科の生徒として展示会に絵をみんな出すことが決まった。
正直言えばこんな絵描きたくも展示されたくもない。
親の反対を押し切ってようやく入った美術科。最初の頃は毎日楽しかった。使ったこともないような画材に囲まれ、見たこともないような素晴らしい感性の同級生、それをひとまとめに確実な知識を与えてくれる先生。私がようやく美術の中で生きていることを実感出来た。みんなにならって素晴らしい作品をいくつも描いた。
でもそのうちぶつかるのは才能の壁。よくある。私の心は油絵の具のようにキャンバスに溶け込んでくれるわけもなく、ただただどす黒く渦巻いた。
正直、描ける描けないはどうでもよくて、周りの期待をキャンバスと同じように私がドロドロに塗り替えてくことが苦しかった。そんなことを思う時点で私は美術にはむいていないのだろうけど。
まだ入学して半年。自分には可能性があると思いながら展示用の作品を描くなんて吐き気がしてくる。
「あ…。」
ふっと部屋の明かりが消えた。電池切れだろうか。デスクライトでの光源を頼りに描いていたものだから暗くなって怖くなった。自分みたいに思えたから。
あーもう今日は寝ちゃおうかな。このまま描いてもな、また描き直すことになるだろうし。
ベットに向かうと部屋にまさに一筋の光が入った。光の方をみると昼頃から開けっぱなしにしていた窓から月明かりが差し込んでいたみたいだ。
光が当たる先は私のキャンバス。しかし、まるでアニメのように私の絵に光が差し込んでいるわけでもなく、キャンバスの背、イーゼルの方に光が当たっていて私の絵は影でなにも見えなかった。
作品が、完成したと思った。
そのキャンバスと月明かりはまさに私そのもので私の描きたかったものだと思った。だが、当たり前にこの光景を作品としては出せるわけない。
でも、描ける気がした。私はこのキャンバスにそのまま私の心を描けばいい。これをみてはっきり分かった。私が描きたいのは唯一向かい合い続けた私の鏡みたいなキャンバス。気まぐれな光ではない。
そんな気まぐれな、私とは別世界な光がキャンバスという名の私自身を背中から暖かく支えて続けてくれた。
タイトルは「moonlight」きっと、誰よりもいい作品になるだろう。
10/5/2025, 4:22:27 PM