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お題 忘れられない いつまでも。


『この人は、◯◯さん。俺と同い年。』
弟の後ろで軽く会釈して、感じの良い挨拶をしながら菓子折りを手渡される。
170センチ前後だったはずの弟より、少しだけ背が高い。
『気使わなくて良いのに。早く上がって。お茶入れるわ。
◯◯さん、生まれは?』母の機嫌の良い声が玄関からリビングへ移動していく。

可もなく不可もなく、今どきの若い子。
あぁ、関西の人なんだ。

それが第一印象だった。





弟が付き合って5年目になる恋人を家に連れて来たとき
最初は友達か、会社の同僚だと思い込んでいた母のよそ行きの顔が、
弟と弟の恋人の話を聞くにつれ、どんどん顔面蒼白になり、
最後は弟が『会社を今月いっぱいで辞めて、俺も大阪に行くことにした。もう大阪で次の仕事も決めてある』と言ったときには、
既に怒りで顔を真っ赤にした母が、自分の言いたい事だけを捲し立て、弟も弟の恋人の人格も否定し、
『ちょっと言い過ぎだよ』と宥めた私にまで矛先が向けられ、その場にいる全員を無差別に傷付けた。


今だに母は思い出したように、弟は成長する過程でおかしくなってしまった、大学へ行かせて、あんなのと知り合わなければ、と嘆いている。


性的指向が男だとはっきりしてる弟と、
性嗜好が歪んでる姉と、一体どっちが異常なのか。
そもそも、どこもおかしい所がない人間なんて、この世にいるのか。


母のヒステリックでその場にいた各々がそれぞれ傷つき、今度はしくしく泣き始めた母を、いや、こっちが泣きたいよ、とただ黙って眺める地獄の時間を過ごした後、母は無言で自室へ閉じこもった。


『いやー、逆に諦めがついたわ』と、さっぱりした顔で家を出ていく弟に、
逆ってなんだよ、と思いつつ、なるべく重くならないように
『あんたが誰を好きだろうが、べつにいいから。
体だけは大事にして。健康は財産だから。ね、それだけ。心配しないで、安心して暮らして。』
軽い口調で声を掛ける。

『そういうの、当たり前だと思ってないから。
ありがとね。
俺を受け入れられない人も、俺は受け入れてくよ』
弟はしっかりした口調で笑いながら答えた。


その顔が本当にいい顔で、キラキラしていて、
眩しかった。
あんな弟の顔、忘れようにも、忘れられない。


2人が乗った車が見えなくなるまで見送りながら、
私は1人だけ、ここに置き去りにされたような気分になる。
父が出て行った日のこと、弟が大阪に行ってしまうこと。
嵐のような性格の母と1番近い距離で、娘であり続けなければいけないこと。
弟だけじゃなく、私も、母に孫を抱かせることが出来ないこと。


『そっくりな姉弟でも、好きになる男の系統は違うな』
自分は部外者だからと、この日ずっと黙ったままだった彼がしようもない事を言い始める。

『でも、弟もJAYPARK好きだって言ってたよ』
私も、本当にしようもない。


そうだ、自分で決めたのだ。
何もかも自分で決めて、ここにいる。
煩わしさも、疎ましさも、愛しさも切なさも、
あらゆる全てをここで、全うする。


もう1度あのキラキラした弟の顔を思い出す。
月並みだけど、1度しかない人生だ。後悔するな。
どうか自由に生きてくれ。私もそうする。










5/10/2023, 9:57:27 AM