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 「それは瞬く、星のような日々だった」

 過ぎ去っては永遠に愛おしく、欲しても決して手に届かない日々。
 そうして瞬きの間に消え失せた、青い夏の日々。

 一等懐かしく。一等輝かしい。だから星のような記憶だと、時に大事に仕舞って、また時に盛大に喧伝した。

 喧伝したらば、私が青い夏の日々を気に入っていると、いつか同級の耳に届いた。
 30年ぶりに高校の友人から、会わないか、と連絡が来たときは、私の胸の中の星々は、やっぱり一等ときめいて、いつにも増してかつての日々を艶やかに、私の頭の中に映した。さながらプラネタリウムを観ているようで。私は連絡を受けてから久方ぶりの友人に会えるその日まで、少年のように心を躍らせて過ごした。

 友人は、私が思っていたよりもずっと、他人行儀に第一声を発した。
 そういえば宇宙は今なお広がり続けていて、目に見える星々は、地球からずっと遠ざかり続けてるのだと、その時ふっと思い出した。
 それでも30も言葉を交わせば昔のノリも思い出して、思い出が故に美しいのだという懐古も哀愁も、そのまま愛せた。
 愛したままで終われば、どれほど。
 思ったよりもずっと他人行儀だった友人は、昔の話をするたびに口ごもり、ふとした記憶を掘り起こし思わず笑うと、その次の瞬間にはっと我に返るような素振りを度々見せた。

 そうしてとうとう、意を決したように口にした。

 ーー俺は、あの時のお前の言葉をずっと引きずって、それがために夢を諦めたんだ。
 きっとお前は何も気付いていなかったんだろうな。人の人生を左右し得る言葉を自身の口から出した自覚さえ、お前にはなかったんだろう。
 楽しそうだな。俺も楽しかった。それはウソじゃあない。だが、必ずしも真実でもない。俺はずっと、お前の隣にいることで、少なからず苦痛を感じていたんだ。きっとな。
 高校を卒業して、俺たちの間には距離ができて。お前が憎いほど嫌いではなかった。だからせめて、お前がいつか思い出した昔の記憶を、あの時気づかなかったことを、気付いて悔いてくれれば。それで、それだけでいいから。そう、思っていたのに。

 何も言葉は出なかった。その時初めて、永劫だと思った星は頭上で儚く砕け散った。そうして星だと思っていたものは、もっとずっと脆く、いつか砕けて消えるものだと知ったのだ。

【クリスタル】
うーん…もう一本。明るい話(?)も書けるんだぞ、僕は。という自己顕示欲です()


 「二酸化ケイ素。知らないの?ただのガラスだよ」

 夢も希望もないことを言う。けれどただのガラスと言うには、目の前の友人の目は愉しそうに露店に並ぶ水晶を観ていて。
 だから私は意地悪に聞き返してやった。
 「欲しいの? ただのガラスなのに」
 すると友人は、まるでそんな質問が飛んでくるなんて想像もしてなかったとでもいうようにこちらをみて、え、寧ろ敦子はいらないの、欲しくならないの、と言ってきた。
 「キレイじゃん。女の子だもん。キレイなものは好きだよ」
 なんだこいつ。率直に思ったことは顔に出ていたらしい。
 「違うよー。ただのガラスだけど。そんなこと言ったら、ダイヤモンドはただの炭素だよ。シャー芯だよ」
 からかってるのかと本気で思ったが、友人の顔に愉悦の色はなく、それがますます私を混乱させた。
 「だからさ、」
 「不思議じゃない? ただのガラスなのに。どこにでもある筈のものなのに。どうしてこんなにキレイに見えるんだろうね。どうしてこんなに魅力的になるんだろう」
 「ね、ただのガラスはそう見えなくなって。ガラスと同じって思うと、なおさら不思議で、なおさらキレイになるでしょう」
 友人はそう言ってからからと笑った。
 私は友人の口車に乗せられて、まんまと買えるギリギリのサイズの天然水晶を買って帰った。

 友人はあの旅行で、土産に菓子しか買わなかったのだと知ったのは、それからすぐのことだった。

7/2/2025, 2:12:55 PM