あにの川流れ

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 「わ、雨」

 それから、

 「傘忘れちゃった」

 なんてテンプレ。
 ……それをかましたのはぼくだけれど。

 出先で雨に遭遇した。ぼくが屋根の隙間から覗くように言えば、きみも釣られて上を見る。きみのアップデートが済んだときでよかった。まあ、済んでなかったらきみはお留守番だっただけだけれど。
 きみは肩にかけていたカバンから折りたたみ傘を取り出す。バサバサって予備動作。

 雨に濡れたきみを見たことがないから、いつも持ち歩いているんだろうなぁ。そもそもきみは忘れ物をしないし。

 「出かける前に言ったじゃあないですか。雨降りますよって」
 「言われた。それでね、ちゃんと傘持った」
 「どうしたんです、その傘は」
 「たぶん玄関。靴履くときに手、放した気がする」
 「ストラップに手を通す癖をつけさせたほうがいいでしょうか」
 「やだぁ、なんか耄碌してるみたい!」

 するときみは肩を軽く落として、まるで肺から空気を抜くようにした。それからバンッて傘を広げると、ぼくに差し出したの。

 「わたくしは走って帰りますから、ゆっくり帰って来てください」
 「へ」

 ぼくに傘を押しつけたきみが走り出したの。雨粒がアスファルトを叩きつける白い滝の中に消えていっちゃう。
 慌てて追いかけるけれど、え、待って、きみってば結構足速い…っ! うそ、ぼくといっしょにラボに篭ってるくせに。

 「待って待ってぇ!」

 振り向いたきみが呆れた顔で駆け寄ってくる。逃げないように腕を掴んで傘の中に引き入れた。

 「ゆっくり来てと言ったでしょう」
 「だって、きみ濡れちゃう」
 「もう濡れてます。それに、防水加工は完璧なのでしょう?」
 「そりゃもちろんだけれど…。濡れないに越したことはないよ。けどね、ぼくだって雨に強い」
 「風邪をひくくせに」
 「む。気持ちの問題!」

 雨の中に出て行かないように捕まえたまま少しだけ早足。傘はあるけれど折りたたみ傘だから、ぼくもきみも肩が濡れちゃう。
 けれど、ひとりだけ世話を焼かれちゃうのも何だかいや。それに、

 「カギはぼくしか持ってないでしょ?」
 「……」
 「きみだけ先に帰ってもぼくが来るまでお家に入れない。それに、きみが支度してるあいだにぼく、風邪ひいちゃうかも」

 むーーっ、てお顔。
 いいお顔。そういう表情ってすっごくだいじ。

 「だから一緒に帰ったほうが、きみはずっと雨に濡れてなくていいし、ぼくのこころも救われちゃう。ね、こっちのがいいでしょ?」
 「……そう、ですね」

 きみは諦めたような声色で言った。だからとびきりのスマイルをして肩を寄せたの。きみの頬も緩まっていいかんじ。
 でも、きみがすぐにこう続けた。

 「それはそれとして、やはりストラップの癖はつけましょう」
 「んぇ、なんで⁉」
 「そもそも、あなたが忘れなければいいのですから」
 「ゔぁあ」

 いい雰囲気で意識を逸らせたと思ったのに、こういうところはしっかりしてるんだから!




#相合傘



6/20/2023, 3:29:47 AM