遠い、いつだったかの自分が良かれと思って選択した自分の答えが、今という未来を導いた。指を折って数えてみたら、遠いと思っていた過去もたかだか12年でしかないことに気づいた。なんてことだろう、忘れていた。記憶に蓋をして、忘れたいと願っていたからなんだ。気持ちとしてはもっと遠い過去の思い出のよう……彼女が20年振りに再会したその日に交通事故で亡くなってからまだ12年しか経っていないというのに。
だめだ、もう自分を欺きたくない。蓋を開けなくちゃ。恐る恐る……そしたら、この12年間のギャップのせいなんだと思う。望まない未来と望んだ未来が交差して、脳髄が痺れるほど揺らめいたように気持ちがよろめいた。大切だった彼女への会えなかった20年分の諦めと一途の想い。姿を消した彼女を探すべきだったのに、数年で諦めて別の女性と結婚をした。私はあのとき逃げたんだ。それを正当化して間違った選択をしてしまったんだ。
彼女と再会するまでの20年間は、本当は自己欺瞞と乾いた孤独に支配されていたんだ。再会したとき、40歳になった彼女は言ってくれた…「この20年間、忘れたことないし、気持ちは変わってないよ」
私は自分の常識を物差しにして、彼女は既に結婚をしていて幸せな家庭を築いていると思っていたから「20年振りに美樹に会えて嬉しい。でも、今のお互いの幸せな家庭のためにも俺たちはもう…会わないほうがいいよね。君が幸せでいてくれて俺は嬉しい」と少し嘘を言ってしまった。
私はもうそのときは妻とは離婚が成立していたし、娘も東京の女子高へ進学して、いくら娘を見捨てた過去があるにしても母親であることには変わりないわけだし、今度は別れた妻から生活の面倒をみてもらえるようになった。なので私自身は幸せと言うよりも、娘と離れ離れになった淋しさがあったが故に、幸せになりたくて男の一人暮らしをしていたに過ぎなかった。
彼女は目を潤ませながら帰って行った。その後ろ姿を見送ったのが、まさか彼女がこの世に存在する最後の姿になるとは思ってもいなかった。それから三日が経った日、彼女の6歳下の妹が職場に訪れた。妹の智奈美が小学5年生だったとき以来の再会なので、最初は誰かと気づかなかったけれど、どことなく当時の面影はあったので「もしかして」とは感じていた。
その妹が私と顔を合わせるなり「お姉ちゃん、三日前に事故で亡くなりました!」と怒鳴って、私の頬を激しくビンタしてきた。そして狼狽えた私の胸に厚めの日記を押し付けてきて「お姉ちゃんの日記!最後のページ読んでよ!」と泣きながら叫んだ。妹のいうように渡された日記の最後のページを開いてみると、そこには……
〝今から彼に会いに行く。20年振りの彼はきっと大人びてはいるけど変わってないはず。だってわたしも変わってないもの。彼に会うために、わたしはずっと一人で生きてきたんだもの。彼が離婚したということを父から聞かされた。今しかないぞって。この20年は秘密裏だったけど、やっとわたしたち、もう一度、今度こそ一緒になれるって信じてる。いま会いに行きますね〟
ああああああっ……
馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だっ!!!!
幻滅だっ、自分は、私は本当に大バカ野郎だ!!
言えばよかった、彼女に対する本当の気持ち。今も大好きだって。仕事を早退してでも彼女と一緒にいるべきだったんだ。職場の入っているビルの1階エントランスで、子供みたく叫ぶように大声を出して大泣きした。恥ずかしさなんて感じないほどの罪悪感があった。
彼女が高校二年の夏休みに、川崎市麻生区百合ケ丘の小田急線沿いの高台にある私のアパートへ泊まりがけで遊びに来た。親公認で初めてのお泊まりだった。そのとき彼女が楽しそうに言ったことを思い出す。「わたし来年は受験生でしょ?だから今度、冬休みに帰省したらさ、日帰りでもいいから一緒に瀬波温泉行こうよ♫冬のデートってまだしたことないけど、でもわたしきっと好き」
私の人生、一度目の本気の大恋愛が始まった日だった。
(これは実話です)
テーマ/冬は一緒に
12/18/2023, 9:35:42 PM