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月の香りがするというイタリアの香水を友だちからすすめられて、有楽町でたまたま見かけたので買った。

濃いブルーのガラスに閉じ込められた8㎖の液体が、街灯に照らされると月の光に見えなくもない気がした。

控えめに噴射してみると、グレープフルーツやシトラスのほろ苦い香り。ゆるやかな波風のように甘みを帯びていって、ホワイトムスクが忍びこむ。
少しだけ、真夏の夜の予感がする。

香水瓶のしなびたラベルには、"mughetto ”とあって、すずらんの花の絵が散りばめられている。

なぜ友だちが「月の香り」といったのかわからないけれど、すずらんと月は、その微かな毒性が少しだけ結びあわされる気もする。体温に溶けて魅惑たつような甘い香りはどちらにもない要素なのに、ひそやかな狂気の淵を連想させられる。

今宵の夏の空が、ぼんやりと霞んでみえるのはそのせいだろうか。星が滲んで、月の輪郭もただれているのは。肌の奥に眠るものを、揺り起こされる思いがするのは。


                『真夏の記憶』



8/13/2025, 7:29:41 AM