かたいなか

Open App

私、永遠の後輩こと高葉井は、10月のハロウィン月間に丁度良いホラーネタを、今どきにしては珍しいリアルの噂で、先日仕入れてきた。
「誰かの足」だ。呟きックスにポスられてない、誰のブログにもノートにも書かれてない噂だ。
映えとバズりだらけの令和に、アナログ情報源だ。

丑三つ時、都内の某稲荷神社で、とたん、とたん。
体も頭も無い「人間の両足」が、とたん、とたん。
階段のぼって、神社の宿坊に入ってったという。
宿坊の玄関を開けるときだけ、その「誰か」の右手が、チラリ、見えたそうだ。
なんじゃそりゃ。

「本当です!私見たんです!」
私の職場の私立図書館に、管理局のはからいで、転職に来ました、って挨拶に来た「あーちゃん」が、
昼休憩で先輩と一緒にごはん食べてる私を見つけて、高葉井さん高葉井さんって、駆け寄ってきた。
「色は分からなかったけど、確実に、人間のスラックスと靴を履いた誰かの足です!」

気をつけてください、あの神社は今、危険です。
ウチの先輩より大真面目に、あーちゃんが言った。
餅巾着が美味しいおでん屋台でちょっと飲んだけど、自分は確実に、酔ってなかったと。
自分はたしかに、丑三つ時、某稲荷神社で「誰かの足」を見たんだと。目撃したんだと。

うん、そうか、そうか(多分お酒のせい)
怖かったね、あーちゃん(ぜったい、お酒のせい)

「その『誰かの足』、どんな足でした?」
あーちゃんをヨシヨシしてハナシを聞いてたら、
図書館職員室に入ってきた私の推しカプのh
ゲホッゲホッ、
私達が「ツー様」、「ツバメさん」って呼んでるツー様が、会話に相乗りしてきた。
ああツー様、今日もお美しい(血中尊み値上昇)

「よく覚えてないんです。でも本当に見たんです」
「分かりました、分かりました。で?」
「スラックスと靴を履いてて、稲荷神社の階段をのぼって、稲荷神社の宿坊に」
「いつです」
「昨日です、昨晩の丑三つ時、見たんです!」
「つまり今日の午前2時頃ですね」

ふーん。そうですか。そうですか。
ツー様は美しい首筋を少し傾けて、頷いた。
ああツー様お美しい(以下略の致死量)

「夏もまだ長引いているようですし、ハロウィンの怪談特集でも、できるのでは?」
「怪談じゃないです!注意喚起です!」
「注意喚起。そうですね。私も注意しておきます」
「信じてくださいツバメさん!」
「えぇ。私は信じますよ。その『誰かの足』」

藤森さん、藤森さん聞いてください。
あーちゃんは、私もツー様も「誰かの足」のハナシを本気にしてないと感じたらしく、
中立を保ってると思しき先輩に、ハナシを振った。
本当に誰かの足を、誰かの足「だけ」を見た、と。

先輩は、おひとよしだ。
どれだけ非現実的でも、とりあえず、あーちゃんのハナシを真面目に聞いて、相づちして、
「そうか」って、言ってる。
「うん」って、頷いてる。
ホントに先輩は、おひとよしだ。

「藤森さん、気をつけてください」
「うん」
「きっと、とても危ないものです。神社に住む、何かの幽霊とか、お化けとかです」
「そうか」

人外だろうけれど、幽霊ではないと思うな。
ツー様は苦笑して、副館長を探しに職員室から出てってしまった。ああツー様(略)

「ホントに、本当に、気を付けて」
じゃ、私も。そう言って、あーちゃんも出てった。

「誰か、だってさ」
私が先輩にハナシを振ると、
「うん。そうだな」
先輩はまだまだオート返答モードらしく、
そう呟いて、お昼ごはんの続きを始めた。
「誰かの足」の「誰か」が誰だったのかは、
結局、分からないままだった。

10/4/2025, 9:50:14 AM