猫遊草ぽち

Open App

「 Red , Green , Blue 」



「ねぇねぇねぇ……本当にここ入るの……?
廃墟探索?なんてイマドキ流行らないって……」

彼女はそう言いながら僕の制服の裾をきゅっと掴み、
キョロキョロと周りを見回している。

「まぁまぁ。僕は何回もここ来てるし。
それよりほら、今週の古文化のレポート困ってたじゃん。
あれ見たら絶対ヒントになると思うんだよね」

辺りを警戒する彼女とは裏腹に軽い足取りで
薄暗く鬱蒼としたビルの中へと歩みを進める。

背の高い雑草の間を抜け、
崩れかけている階段を登り目的地を目指す。
老朽化して曇った窓からちらりと外を覗くと
自分たちの住んでいるCELL No.13号地が
靄の奥に薄っすらと瞬いて見えた。

「ふーっ……昔の建造物ってフィジカル値ないと
だいぶ厳しいんだねぇ……まだ着かないの〜?」

少し後ろから息が上がった彼女が言う。

「ごめん、数値上げといた方がいいって言えばよかったね。あと少しだから」

彼女が息を整え終わったのを確認してから再び歩みを進める。廊下を進み突き当たりを左へ曲ると奥に扉がある。

そこには僕が目印として付けておいたホロステッカーが
薄暗さの中に淡く光っていた。

「ここ?」
「うん、そう。ちょっと待ってね」

僕は慣れた手つきで立てかけてある錆びた鉄の棒を
扉の下の隙間へ入れ込み、足で棒を踏む。
ぐっと扉が持ち上がった隙にドアノブを回し引く。
ギギギッと古くなった蝶番が音を立て、扉が開いた。

LEが建物内に通ってるわけもないので
MEwを操作して相手の顔が見える程度のあかりをつける。

部屋の中があかりのおかげで顕になる。

埃っぽさは否めないが、
そこには「家電」と呼ばれる第三種人類が使っていた生活用品が所狭しと集められていた。

「わ……えっ……何ここ……す……すっごーーーい!」

彼女は興奮のあまり僕をバシバシと叩きながら
ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「始めてみるものばっかり……なんで?集めたの?」

いつもより大きく見開いた瞳がこちらを見つめてくる。
僕は小っ恥ずかしくなり、あたりを弄るふりをしながら
目線をそらしてしまった。

「うん。周りのビルとかも回って少しずつね。
使えないやつばっかりだけど、こういうの好きでさ。
それで……あ、これこれ」

僕は部屋の真ん中に置いてある
四角い箱のコンコンと小突いた。

「うーん……?これが古文化のレポートに役立つってこと?」
「そう!ちょっと待ってて……」

僕はその箱からだらりと下がっている数本のコードを
自分のMEwに取り付けた自作のコネクターに刺し、
MEw側のスイッチを入れる。

「その箱の右下にあるボタン、押して」
「あっ、うん!」

僕があれやこれやと作業をしている姿を不思議そうに眺めていた彼女はハッと我にかえると、恐る恐るボタンを押した。

パチッ……パチパチッ……ザッザザーーッ

箱の一面が音を鳴らしながら光を放った。

「わっ!?明るくなったよ!?」

突然の光と音に彼女は驚く。

「待って、これをこうして。よっと」

光を放ったその面に映像が映し出された。
男女が手を繋ぎながら見知らぬ場所を歩いている映像だ。

「す……すごい……これ、もしかして……」
「そう、テレビ」

彼女は、わーっと嬉しそうな顔でテレビと呼ばれた箱をいろんな角度からまじまじと観察したり、ツンツンと触ってみたりと随分気に入ってくれたようだ。
予想以上に興奮している彼女の姿に自然と笑みがこぼれそうになったが、頬に手を当てることで誤魔化すことに成功した。

「これさ、ちょっと眩しいけどこの画面ってところでICスコープ使ってみ」

テレビを見つめる彼女の隣にしゃがみ、
指さしで説明をする。

「え、ここをICスコープで?」
「うん、面白いもの見えるよ」

彼女は片目を閉じてもう片方の目の視界を確認するかのように数回手を振ってICスコープを起動させた。

「むむむん……赤と……緑と……青の線……?
それがたくさん並んでる……?これが……面白い……?」

閉じていた片目を開いて僕に向き直ると、
「もしかしてイタズラ?」とでも言いたそうな顔をする。

「じゃあこの映像、その3色だけ?」

僕はふふんと鼻を鳴らし、得意げに問いかけた。

「そんなわけないじゃん!普段見てるホロほどじゃないけど、ちゃんと色はついて……あれっ?
近くで見たら3色なのに、離れてみたら3色よりもたくさんの色があるように見える!なんで!?」
「ほら、面白いでしょ?このテレビについてる画面ってのは、光の三元色ってのを利用して映像を映す家電だったんだって」

ふむふむ……と彼女は視線を右上へ向けながら頷く。

「その、光の三元色ってなぁに?」
「文献があんまり残ってなかったから、僕も詳しくはないんだけど、それがICスコープで見た赤と緑と青の光のことを言うらしい。その3色をひとセットとした点をたくさん並べて、光量を調節することで色味を作ってるんだって」

彼女は咀嚼するように話を聞いた後、少し間を置いてから
「へぇ〜……そうなんだ……」とこぼした。

そして先程の僕の話を確かめるかのように
再度画面をまじまじと見つめると

「第三種人類ってさ、すごいよね」

……と、彼女はぽつりと呟いた。

そんな言葉のせいなのか、
画面に照らされた彼女の横顔があまりにも美しくて
僕は何故だかすぐに声を発することができなかった。



.

9/10/2025, 7:35:30 PM