えぇ、?あの人との馴れ初め?
そんな大層なものでもないわよ。
そもそも、私たちお見合いで結婚したんだし。
あ、でも多分最初に好きになったのはあの人だったと思うわ。
なんでって、明らかにあの人会う度、私に恋してるーって態度だったのよ。
よくそんな気恥ずかしいこと言えるねって、聞いてきたのあなたでしょう。聞いてきたんだったら茶化さないでちょうだい。全く。嫌になるわ。
わたし?私もそりゃ、それなりにお父さんのこと好きだったわよ。顔もそれなりだったし。いくらあの時代だったって言っても好きじゃない人と籍入れて結婚するほど恋心捨ててたわけじゃないのよ。
どこが具体的に好きだったって聞かれたらちょっと困るけど。
まぁ、確かに見るからに堅物でね。冗談のひとつも吐けないんじゃないかしらって風貌ではあったけど。
それにねぇ、口下手だし。
今どきだったら、ツンデレっていうの?
愛情表現も満足にできないしねぇ。
家事も下手くそでぶきっちょで仕事ぐらいしかいいとこ見せられない人ではあるけども。
えぇ?今のところ悪口しか言ってない?そんなことないわよ。顔がそれなりに良かったって褒めてるじゃない。
顔以外に好きなとこ?
そうね。そう聞かれると困るとこがあるかもね。
ふふ、冗談よ冗談。
ひとつだけ取っておきのところがあったわ。
デートの時、別れ際に今度いつ会えますかって毎回聞くところが好きだったわ。
お見合いって言っても、結婚して気が合わなかったらーって流れだったら嫌じゃない。だから、何回か会ってから成立って形にしようってなって3回ぐらいかしら、あの人とはデートしたのよ。
だいたいこう言うやり取りって仲人さんを介してやることが多かったんですけどね。あの人、律儀なもんで仲人通したら断りにくいことがあるかもしれないからなんて言って3回のデートで3回とも別れ際に「今度いつ会えますか?」って聞いてきたのよ。
そんなの告白にも近いじゃない。
真面目なのか抜けてるのかわからないわよね。
ふふ、なんだか恥ずかしくなってきたわ。こんなオババに何を言わせてるのかしら。
そういう事ねって、何を納得したの?
あぁ、そういえばそうね、この話は今も現在進行形だったわ。
ほんと、アホよねぇあの人。全部忘れちゃっても、私にはもう一度恋してくれてるんだから。ほんと真面目だわ。
―――惚気話をたっぷりと聞かされてしまった。まぁ、聞いたのは私なんだけど。
なんだか恋に廃れた心には、今の話は染みてしまって羨ましくなってしまう。
おじいちゃんは、一年前から認知症になってしまって、今はもう家族のことを一人も覚えていない。それでも、おばあちゃんが老人ホームに顔を出す時、覚えていないはずなのにおじいちゃんは別れ際に必ず今度いつ会えるか尋ねていた。前回のことすら覚えていないというのに。
不思議に思って何か聞いて見ればわかるかとおばあちゃんに聞いてみたら上手く点と点が繋がってしまった。なんだか微笑ましいが小っ恥ずかしい。
でも、たっぷりと惚気話を聞かせてくれた、そんなおばあちゃんの笑顔はなんだか、どの恋する乙女にも勝てそうなほどの眩しさだと思った。
そんな事を思うほどにこの出来事は、現在進行形の、紛れもない二人の二度目の同じ恋の話なのだ。
そう、思った。
―――恋二乗
お題【別れ際】
9/28/2024, 4:37:05 PM