ふわふわぽむぽむ。優しいピンクのうさちゃんの、スクイーズシールを大事に持っていた。
嫌なことがあったとき、疲れることにたちむかうとき、一日無事に生きのびられたひ。
引き出しの奥からそっと取り出して、ひとり温かく握っていた。それだけですべて解れてとけていくから。
齢8のころ、ひそかなオアシス。
誰にも見つからないように、誰にも取り上げられないように。大事にだいじに、引き出しの奥にしまってたのに。
うちに帰ったら何もなかった。
特別柔和な顔した父が、わたしの留守のあいだに、部屋の中身を全て捨てたと教えてくれた。整頓ができていなかったから。捨てておいたからね。ぜんぶ。にこにこ。
とくべつ驚いたりはしなかった。殴られなかったからマシだと思った。いかにもやりそうなことだと思った。泣いたら思うツボだと思った。
すこしの失望だけを抱えて、こらえて覗いた引き出しの中は。本当に聞いていた通り、糸くず一つ、跡形なかった。
7/26/2025, 10:24:15 AM