K作

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久々に書いてみようと思ったら全然書けなくて途中でぶった切られてます。南無三。


題 心の灯火

「ア"ハアハアハ⋯⋯ ハ、ハァハハ」
木下はひっくり返って笑った。
死んだはずの親友が目の前に現れたからだ。やーこれはいかん、いかんと思いながらも、頭の上半分がない親友の姿を見て、気分を良くしていたのである。
いやしかしなぜ今になって現れたのだろう、と木下は斜め上、何も無い自室の天井を見た。笑いが収まらないまま⋯⋯ 。
親友の真名部(まなべ)とは中学時代からの縁である。平生無口な彼に、騒がしい性分の木下は存外懐いていた。何となく彼の傍は安心して、スリスリ擦り寄っては拒否されることは無かった。
それから高校、大学と同じ学校に進学した。人文社会科学部なんて言う何となく名前の格好良いトコロに何となく入った。
しかし仕事ばっかりは違う会社に勤めた。こと俺に至ってはそれまでの勉学なんぞ無縁の職に就いた。
つまり俺たちの関係はそれで終わった。単純接触の効果が無くなればそんなもんである。
大学を卒業してから5年、真名部が交通事故で死んだとの連絡を受けた。ああ懐かしい名前を聞いたなと思ったその時、真名部はおそらく三途の川を渡っていただろう。
葬式には行かなかった。仕事のプロジェクトが大詰めだったからだ。
さてもう一度目の前の霊と顔を合わせてみる、顔の上半分がないので目は合わないが。顎が外れているかのように口を開けて、ちょこんと礼儀正しく床に正座している。腹からはとめどなく血が溢れ、フローリングを赤で汚し⋯⋯てはいなかった。真名部の周辺に落ちる血は、滲みが乾いていくようにス、ゥと消えていった。因みに、何故このバケモノが真名部だとわかったかと言うと、彼はちょっと特殊な舌ピアスをしていたので。中学時代からのお気に入り、真名部曰く、この法治社会へのちょっとした反発らしい。無口でボソホゾ喋る彼はついに卒業までバレなかった。実に中学生らしい。
「ナァおい久しいな。俺に会いにわざわざ三途の川を戻ってきてくれたのか⋯⋯ おい、返事をし。その口はなんのために残されたんだ、恨み言でも言いに来たのか」
「⋯⋯」
「昔話でもするか、それとも冥土の土産話(笑)でも聞かしてくれるのか。⋯⋯ オーイ生きてる?グーテンアーベント!」
「⋯⋯」
「⋯⋯ キノキノキノコ!」
「⋯⋯」
学生時代の持ちネタでもダメらしい。マ本来キノキノキノコはチョップまでやるのだが、こいつに触れられなかったらと考えるとちょっと恐ろしくてやめた。
「⋯⋯ァ」
ここでやっと、真名部が喉をふるわせた。ふるわせたと思ったら、
「ァア"、アァ"アァァ⋯⋯、」
とヘタな牡羊の鳴き声のような音を出した。
木下はアホな顔して、なるほどと思った。こいつ多分地獄に落ちたんだな、と。そこで脳髄も取られちまったんだろうな、と。真名部は悪さをするタイプではなかったが、いいやつでもなかったので。
「⋯⋯ なんか食ってく?酒とつまみしかないけど」
「⋯⋯」
「お前缶ビールだと何好きだったっけ」
キッチンを覗きに行けば、真名部もそろそろと立ち上がって着いてきた。小さな冷蔵庫の中身(ビールと冷食しかない)を見せてやるが、物色する素振りがないので、勝手にスプ×ングバレーを2本取って閉めた。ちょっといいやつにしたのは、親友が会いに来てくれたので。
「カンパーイ!!」
「⋯⋯」
「乾杯」
勝手に開けて勝手にカンパイした。2回目のやつは真名部が正座して動かないのでカシュッと開けてやった時に言ったただの名詞である。ウチにソファなんてものはないが、人をダメにするもちもちはあるので俺だけそいつに腰を沈めた。
「飲まネーノォ?せっかくコッチに戻ってきたんだからパーとやろう、な、ハイ、ごっくん」
「⋯⋯」
「ア"ハハハハハハハハ」
「⋯⋯」
「ハイ、ギョウザ、もぐもぐしまちょうねー」
「⋯⋯」
「ア"ッハァハハハ⋯⋯ハァハハハッ」
木下は酔っていた。真名部の開いた口にものを入れては腹から出てくるのを面白おかしく思ったのだ。ギョウザなんてそのままの形してベチャッと出てコロコロしたものだからもうダメだった。
そのうちに、木下は涙を流してひーひー言いながら笑い疲れて寝た。頭のどこかで「アァ俺殺されるかもな」とか思いながら。
真名部は木下を見ていた。いや目玉は無いのだが、舌に通った小さいアクセサリがジィっと木下を見ていた。ただそれだけだった。

「エきも」
木下は嫌な顔をした。親友が、クラスメイトに見えないように手で隠しながらベーっと舌ピアスを見せてきたからだ。
「なにそれ反抗期か、生意気め」
「ルールに抗ってみたくなった」
「ァイケメン」
真名部はニコニコ(真名部をよく知らない者からはニヤニヤして見える)しながらカッコイイことを言う。彼はあまり笑う方ではないが今日は気分がいいらしい。
秋も深まり、窓際の席でぬくぬく夢野久作を読んでいた真名部に吸い寄せられたのは今日も木下だった。学ランのよく似合う真名部は一見優等生だが、こいつは社会的に良くない思想を持っている。それが木下には新鮮で、カッコよくて、何となく心安らぐのだ。
「かっこい?」
「かっこい」
「同じのつける?」
「いやぁ⋯⋯」
正直憧れはある。だが目玉の舌ピアスとは俺にはハードルが高いな、と木下は思ったので、「痛そうだから」と最もらしい言い訳で断った。

アラームの音で目を開けた木下はちょっと驚いた。真名部が包丁を手にして自分を見下ろしていたからだ。「アー寝てる間に殺してくれないのね」なんて思いながら、それを真名部らしいなと感じると微笑ましかった。
「おあよ(おはよう)」
「⋯⋯」
「そういや眠剤飲まずに寝れたの久しぶりなんだよね、昨日は楽しかったなァ。殺してくれ」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
⋯⋯ マいっか。そう思ったので木下は昨日作った悲惨な現場を片して、急いでシャワーを浴びた。融和的なのだ、この男は。
スーツを着て髪を整え、サ今日も張り切っていきましょう!みたいな顔で家を出た。
「なんだこの数字は。売上落ちてんじゃねぇか」
「スミマセン」
「すみませんじゃねぇよ。どうすんだよ、ナァ。なんでお前は何を任せてもろくな成果が出ないんだよ、おい、給料泥棒かお前は」
「スミマセン」
「お前みたいな無能はなァ、いるだけでみんな迷惑してんだよ、仕事しねぇなら辞めちまえ」
「スミマセン」
死ねばいいのに。木下はカーペットを見つめながら思った。なんでこのハゲ死なないんだろう、とも。このハゲが声を荒らげるのはいつもの事なので、みんな何事もなく仕事をしている。席に戻れば誰かしらから心配の声をかけられるが、「だったら助けてくれよ」と思うだけで終わるのがいつものパターンである。
が、今日はちょっと違った。真名部がいたからだ。朝、真名部は支度をする木下を部屋の隅でジ、ィと見つめて、一緒にマンションを出てそろそろ着いてきたのだ、右手に包丁を持ったまま。
いやそれはマズイのでは、と木下も思ったが、マいっか、と結論をつけたので良しとした。そもそもコイツの存在がマズイので。
ついに会社までついてきたが、木下以外のニンゲンに真名部は見えていないようだった。電車でも気づかれないので、ぎゅうぎゅうに詰められて羽虫のようにジタバタしていた真名部は見ていて愉快だった。
そして今も、木下の後ろにぽ、つんと立って⋯⋯
「⋯⋯ギャォ」
と幻のポ×モンのような音を出した。ふらふら歩き出した真名部は右手だけゆらと上げて、真っ直ぐに下ろした。
「ア"──────ァア」
何度も何度も、上げて下げてを繰り返し、ハゲを抉っては、右脳だとか左脳だとか、そういったものを乱暴にしていた。
「おい聞いてんのか」
「聞いてます、スミマセン」
「聞いてねぇだろ、ゴミが。本っ当に無能だな、なんで生きてんだよ」
「スミマセ⋯⋯ フっ⋯⋯」
木下は、頭の上半分が無くなったハゲが、普通に言葉を喋っているのを面白おかしく思った。笑ったらもっと怒られるので下を向いて我慢していたが、ハゲにはそれが、怒られて泣いているように見えたらしい。木下は心の底から笑うと涙が出るタイプだった。
普段マイナスなリアクションの少ない部下が泣いたので、流石にバツが悪くなったハゲはいつもより早い目に説教を終わらせ、
「マァ、次頑張れよ⋯⋯」
と、フォローまで入れた、すでに木下にはハゲのハゲは見えていないが。
「お前、俺の嫌いな奴全員殺してくれるの、」
「⋯⋯」
木下は残業を終わらせ、夜風に吹かれながら帰路についていた。真名部はやはり木下の後ろを、口を開けながらひたひた着いてくる、その手に3人分の血をつけた包丁を持って。あの後、クズとボケも、ハゲと同じ目にあったのだ。
助かった、と木下は思った。もし、
「いいよ、殺してやる」
なんて言ってくれたら、多分、みんな殺してくれって頼んだだろうから。

「お、お⋯⋯ 」
木下は感心した。世間では仕事終わり(笑)と呼ばれる金曜日、上司の顔の上半分が、ことごとく無くなっていたからだ。

あれから真名部は、沢山刺した。
真名部の腹部の傷は治らない。


木下は通り魔に刺された。はずだった。病院に運ばれた木下の腹に傷はなかった。
木下が刺されたのは真名部の腹の傷と同じ場所だった。真名部は消えた。
退院後、真名部の墓参りに行ってみた。しかし地元駅に降り立った時点で墓の場所なぞ知らないことに気づいた。うっかり。
真名部の実家に行ってみた。インターホンを押すか押さないかで2時間躊躇した。だって最後に真名部の実家に顔を出したのは確か高3の時だ。しかも友達だったくせに葬式に顔を出さなかった無礼者なのだ自分は。2時間後、ままよと思いながらインターホンを押した。押したあと逃げ出したい衝動に駆られた。
真名部の母親は心良く木下を迎え入れた。少し話をして、真名部の遺品をひとつくれた。
教えてもらった真名部の墓に行ってみた。墓石は家族が手入れしているのか綺麗だった。ここに来てやっと分かった。真名部の反社会的思想は、木下の心を支えていたのだと。


復帰後、ハゲにはハゲが戻ってきていた。色々文句を言われる前に辞表を叩きつけてやった。最後にあっかんべと変顔をして出ていった。
その舌には、目玉のピアスがあった。

9/3/2023, 10:33:21 AM