「スマイル」
この人は写真に写りたがらない。
当たり前と言えば、まぁ、当たり前なのだが。
吸血鬼は鏡、もとい、何にも姿が映らない。だから彼は自分の姿を見たこともないし、今後一切、その悍ましいとも言えるような美しさにも気付きはできないのだろう。
吸血鬼は悪魔と同じようなものだと言った者が昔いた。そんな者は、今ではその世界ごと消えているだろう。もともと、その人間がいた世界が剪定条件を満たしていたし、最初からそうなる運命だ。だが、彼は世界と共に消えはしなかった。その少し前に土の中なのだから。
神の御加護が在らんことを。
話が逸れてしまったので最初からやり直させて欲しい。
私が言っている彼は、吸血鬼だ。そのことは先ほど話した事でなんとなくは察しているかもしれないが。
そんな彼のことを、私は、彼に彼自身を見てもらいたいと思った。だが、カメラで撮った写真には、ただ真っ白な壁だけだった。
吸血鬼といったら怒られてしまうので引き続き「彼」という名称で呼ばせてもらう。
吸血鬼は鏡に映らない。まさか彼は写真にも映らないとは流石の私も驚いた。彼は少しだけ、消え入るような小さなため息と、うんざりしたような顔で私に写真を返した。彼に気を落として欲しいと思ったわけではなかった。
次の日、彼の部屋へ行った。私に気付いた彼は顔を上げたが、すぐに呆れたように苦笑した。
私は手に持っていた額縁を、彼を絵画のように額縁に入るようにした。彼は相変わらず呆れながら、私の意図を汲んでくれた。
ニコリと微笑んだ彼は、本当に絵画のようだった。
幽鬼のような消えそうなほど白い肌に、冷たく濁った青色の眼、そんな寒く冷たい印象の彼は、だが、暖かい陽射しのような、そんな微笑みを、絵画では表せられないと分かっているのに。
2/9/2024, 10:12:38 AM