sleeping_min

Open App

【誰にも言えない秘密】

 私には、クラスメイトの誰にも言えない秘密があります。みんなを騙すのは心苦しいですが、神様との約束ですから、しかたありません。私の本来の仕事を休んで中学校へ通わせてもらうかわりに、「誰にも君の正体をバラしちゃいけないよ」と神様からかたく言いつけられているのです。私の正体がバレると、街に大混乱が起きてしまうから、だそうです。
「おはよーコンちゃん!」
 神社から学校までの通学路を二本足で歩いていると、私を見つけたお友達が背後から抱きついてくれました。
「コンちゃん、今日も尻尾……ううん、後ろ姿が可愛いね!」
 あけみちゃんは学校でいちばん仲良しなお友達です。可愛いものが大好きな、ごくごく普通の人間の女の子です。こんなふうに人間の子とお友達になって、きゃっきゃと会話しながら一緒に登校できるなんて、思ってもみないことでした。ああ、勇気を出して神様にお願いしてよかった! 憧れの学校に通えて、コンはいま、とても満足しています。
 教室に入ると、クラスメイトのみんなが温かく迎えてくれます。
「尾崎さん、おはよう。今日もモフ……ううん、なんでもない。湿気が多いから髪が広がりやすくて大変だよね」
「コンちゃん、ちょっと抱きついてもいい?」
「俺も俺も!」
「男子はだめ!」
 こんなふうに、みんなが私を囲んでわいわい笑顔になってくれるので、私も嬉しくなります。
 そんなとき、後ろの席の神田くんは、もの言いたげな目で私を見つめています。彼はすごく無口な子で、席が近いのにほとんど喋ったことがありません。でも、しょっちゅう目が合います。もしかして、私のことが好きなのでしょうか? クールなイケメン神田くんとの恋の予感……なんて、そんな青春、私にはまだ早いですね! まずは人間の子たちとの暮らしに馴染まないと!
 学校では先生たちも優しくて、授業でうっかりミスをしても、「人間はこうなのよ」と、丁寧に教えてくれます。人間生活にまだ慣れていない私には、とても頼もしい存在です。なかでも、担任の飯坂先生は面倒見がよくて、クラスメイトからも大人気。体育の先生でもあるので、体格ががっしりしていて、神様のほっそりした体つきとは正反対です。人間の大人ってこんなに大きくなれるんだなって、驚きの目で見上げちゃいます。先生のジャージ、いまにもはちきれそうです。
「尾崎ー! かけっこは二足だぞ!」
 そうでした、いくら四つ足のほうが早いからって、狐みたいに駆けちゃいけません。私はいま、人間なのですから。
 飯坂先生の体育が終わると、お昼ご飯の時間。お腹はちょうどよくぺこぺこです。この中学校はシリツだから、憧れの給食ではなく、お弁当です。最初はちょっと残念に思っていましたが、神様が毎朝持たせてくださるお弁当がおいしいので、いまではすっかり楽しみな時間になっています。
「コンちゃん、油揚げあげるー。あたし苦手だからさー」
 あけみちゃんが私のお弁当箱に、ひょいと油揚げを入れてくれました。最近、あけみちゃんのお弁当には、油揚げが入っていることが多いのです。ご家族はきっと、あけみちゃんが油揚げ苦手なことを知らないんですね。私は大好物なので、両手を合わせて、ありがたくいただきます。
 でも私、油揚げ大好きなこと、まだ誰にも言ってなかった気がします。なのに、どうしてあけみちゃんに知られてるんでしょう。ひょっとして、食べるときの顔でバレちゃったのでしょうか。いけませんね、もっと気を引き締めないと。うっかり正体までバレかねません。
 神様、優しいクラスメイトと先生がたに囲まれて、私は毎日幸せです。学校に通わせてくださり、ありがとうございます。この素敵な日々を守るため、卒業まで頑張って正体を隠し通しますね!

  ※ ※ ※

 僕の前の席の尾崎コンは、どう見ても狐っ娘だ。しかし、本人(本狐)は、どうやら人間に化けているつもりらしい。それなら、できれば耳と尻尾はうまく隠してほしい。授業中、ふさふさの尻尾が揺れたり、耳がひょこひょこ動いたりするのが気になってしかたがない。
 入学式の日は、彼女を中心にクラスがざわついていた。クラスメイトたちがおそるおそる「尾崎さんて……狐だよね?」と尋ねたとき、彼女は「え、違うよ、人間だよ、ちょっと目つきがきついだけだよ、やだなぁ、あはは」と焦りながらも必死に誤魔化していた。それを見たクラスメイトたちの顔には、ああ、この子は人間のつもりなんだな、という温かな笑みが浮かんだ。以降、正体バレバレなこと本人には内緒にしておこうね、という暗黙の了解が生まれた。中学校初日にして、クラスが一致団結した瞬間だった。
 まあ、尾崎コンが神社住まいの神使の狐だからといって、このクラスじゃ、たいしたことではない。コンといちばん仲がいい九堂あけみさんはルーマニア出身の吸血鬼だし、コンの隣の席の二階堂大地くんは悪魔と人間のハーフだ。ついでに言うと学級委員長は魔法少女で、担任の飯坂先生は異世界に召喚されて勇者やってた過去がある。他にも、隠れヒーローやってる子とか、性別偽ってる子とか、異星人とか。このクラスには、秘密を抱えている者たちが多すぎる。
 だからこそ、僕もこのクラスを選んだ。コンと僕が紛れ込むには、うってつけだったから。
 僕の正体がコンの奉公先の神様で、神様だからクラスメイト全員の秘密をお見通しだなんて、誰にも言えない。もちろん、コンにだって僕の正体は秘密。コンが楽しんでいる学校生活を、ぶち壊したくはないからね。コンの変身がガバガバすぎて初日から正体バレバレなのは誤算だったけど、クラスメイトはみんな、コンへの注目を利用して、自分の正体を上手に隠している。コンという隠れ蓑でクラスがうまくいっているなら、それでいい。僕は神様らしく、後ろでそっと見守ってるよ。だからコン、せめてモフモフの尻尾は隠してくれ。

6/6/2023, 4:44:23 AM