今日だけ、全て本音で話してみないかと彼女はなんでもないことのように言った。なぜそんなに馬鹿げたことを急に言い出すのか考えて、ふと思い当たる。そういえば彼女は昨夜寝る前にカレンダーを捲っていて、そんな時期かとぼんやり眠りについたのだった。
四月一日。真実ではなくて嘘を吐く日だろう。視線を彼女に戻すと、相変わらず緩やかに弧を描いた唇が目に入った。これは説明を求めても望む返答を寄越す気がない顔だ。どうせ何を話しても真実かどうか見破る術は無いのだから、適当に相手をしてやれば良い。
ため息とともに了承を呟くと、彼女は横から細い腕を俺の体にまわす。移動した重心によりベッドのスプリングが軋んだ。柔らかいルームウェアに包まれた小さな体は温かく、まだ寝惚けているのかと疑う。
そこから彼女は、いつもより何倍もよく喋った。俺を心から愛していること、俺が吸うのは止めないが煙草の匂いは苦手なこと、最近読んだ本に出てきたパンが魅力的だったこと、数え切れないほどに。しかし、俺に何かを聞いてくることは無かった。
ひと通り話し終えたのか彼女は静かになる。俺はといえば、腹が重くなるほどに愛を詰め込まれてすっかり参ってしまった。居心地の悪さに似た感覚で、耐えきれずにある言葉を口にする。そのひとことをきっかけに堰を切ったように溢れ出し、確かな本心でありながら表に出すべきではないと封じていた醜い想いが押し寄せた。
クソにも等しい俺の言葉を聴きながら、彼女はただ俺の肩に額を擦りつける。
『正直』
6/2/2023, 12:03:42 PM