「おかしいと思わない? 天国が楽園なのはまだいいとしてさ、死ななきゃ楽園に行けないなんてさ、そんなのおかしいよね?!」
彼女の怒鳴り声が閑散とした商店街に響く。
僕はそうだね、といつものように相槌を打ちながら宥めている。
僕と彼女は物心ついた頃からの幼馴染で、小学生の頃からこの商店街が通学路で中学生になった今でも(頻度は減ったけれど)夕暮れを二人並んで歩く。
中学生になってクラスも離れてからはそれぞれの友人ができたりもして、ゆっくりと、しかし着実に枝が分かれていく植物みたいに別々の道を進みながら、それでも何か困ったことや愚痴を吐きたい時には今日みたいに一緒に帰路を共にする。
声を掛けてくるのはいつも彼女の方からで、僕はそんな時必ず彼女の誘いを断ったりはしない。
夕暮れの商店街はあの頃の活気付いた景色が寂れたみたいにひどく枯れてしまっている。小学生の頃は魚屋も、八百屋も、中華屋も賑わっていた。駄菓子屋のおばぁは腰を悪くしたという噂を聞いてから店が開いているのを目にしていない。夏の日に二人でパキンとふたつに折れる氷菓を買った思い出だけがその店の前を横切るたびに香る。
「楽園が死んだ後に訪れるなんて絶対におかしい! 私は私がいる今ここを楽園だと思えるような生き方をするの」
一直線の商店街に響く君の声が今も聞こえる。
僕は「僕も一緒に連れてってくれよ」と言う。
君はまっすぐに歩いていた。一歩一歩が着実で、そこが交差点だと気づいてないみたいに迷いのない歩をしていた。それなのに、僕が遅れをとりそうになると必ず君は足を止めて振り返り、僕の目をしっかり掴んで掌をいっぱいに開いてこちらに突き出した。
「あんたなしの楽園なんてないんだから!」
君が交通事故で亡くなってから十年が経って僕は夕暮れの商店街を一人歩いている。枯れた両脇のシャッター街から君の声が夏の風と共に吹いてくる。
僕は額に滲む汗を拭うことすら忘れ、僕の少し前を歩く君に延びる影を思い出している。
僕のいない君のいる世界が楽園であることを祈っている。
君の少し後ろを歩く僕の楽園がここにあった。
4/30/2024, 12:53:00 PM