それは不思議な体験だった
子供の頃の話だ
その年の夏休みに、三日間だけ会えた子がいた
今でもよく覚えている
あの子と過ごした、三日間を
退屈だ
友達と遊ぶ約束が向こうの急用で中止になった
けど、出かける気満々だったのに、いまさら家で過ごすのはなんか嫌だな
行く先があるわけじゃないけど、ちょっとそのへんを散歩しよう
そう考えて、ちょっと遠い、いつも行かない公園を目指して歩いていった
思えば、公園への道の途中から不思議なことは起きていた
公園まで半分のところへ来たあたりから、通行人が誰もいなかったし、車も一台も通らなかったのだ
珍しいな、と思いながら公園へ着くと、ベンチに女の子が座っていた
「君、このあたりの子?」
突然話しかけられて僕は少し驚いたけど、別に人見知りではないから普通に返事をする
「そうだよ
君は、このへんに住んでないの?」
「うん
遠い場所から来た」
夏休みだし、おじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに来ているのかもしれない
神秘的と言うのかな?
そんな雰囲気を感じる子だ
「君、ひとり?
誰かと待ち合わせしてるの?」
「遊ぶ予定だったけど、友達に急用ができちゃったんだ
それで、暇つぶしの散歩のゴールってことで、ここに来ただけだよ」
「そうなんだ」
それにしても、見ず知らずの相手にこんなに喋りかけるなんて、珍しい子だな
僕だったら絶対にそんなことはできない
「よかったら君のこと、聞かせてよ」
そう笑顔で言うその子に、僕は懐かしさに近い、でも根本的に何かが違う、変な感覚を感じながら、隣りに座った
彼女は色々と質問してきて、僕はそれに答えたり、話を広げたりした
聞き上手な子で、僕も楽しみながらたくさんの話をしていく
「そろそろ行かなきゃ」
そう言って女の子が立ち上がった
どれくらい話しただろう?
時間の感覚がない
「明日も、ここで話さない?」
「え、いいけど」
提案された僕は困惑したけど、別に断る理由もないのでOKした
友達にまた誘われるかとも思ったけど、まあそれはいいか
ごめんだけど、断ろう
次の日、公園にはまたあの子がいた
今度は僕が彼女のことを聞こうと思っていたけど、公園に来たらそんなことはすっかり忘れて、気がついたら聞かれるがまま、僕の話をしてしまう
でもしばらくして、その子の方から自分の話をし始めた
とは言っても、自分の生活のことじゃなかったけど
「私、探してる場所があって」
聞けば、この街のどこかに、とある石碑があるらしい
それがなんの石碑なのかは教えてくれなかったけど、探しているそうだ
その石碑の場所へ行きたくても、どこにあるかわからない
だから一緒に探してほしい、とのこと
僕はどうせ暇なので、付き合うことにした
「見つからないね」
「うーん、闇雲に探してもダメじゃないかな」
正確な時間はわからないけど、長く探した気がする
でも全然見つからない
ただ、誰かに聞こうにも、周りに人がいない
「今日はもうここまでにしようか
明日も、一緒に探してくれないかな?」
僕は「うん、いいよ」と答えた
なんだか、放っておけなかったから
次の日、やっぱり公園にその子はいた
どうやら、あのあと少し調べたらしく、今日こそは見つかりそうだと言っていた
僕は彼女に付いていきながら、促されるまままた、自分のことをたくさん話した
向こうは自分の話を、やっぱりしなかったけど
僕自身も、この子の話を聞こうと思っていたことをすっかり忘れていた
そうしてようやく、木が鬱蒼と生い茂る林の前に石碑を見つけた
「これを探してたんだ
この先に、行きたい場所があるんだけど、来てくれる?」
彼女は来るよね、という感じの表情をしていて、僕はここまで来たのだから、最後まで付き合うことにした
石碑の裏の林の道を進むと、階段があった
この街にこんな場所があったんだ
二人で階段を登っていく
すると神社に似た、けど神社とは違う、不思議な建物にたどり着いた
「私、ここへ来たかったんだ」
「そうだったんだね
なんだか、不思議な場所だな」
「うん、とても不思議な場所
君のおかげでたどり着けたよ」
僕はその時、そういえば、この子の名前を知らないな、と思って名前を聞いた
「私?
私は×××××」
それが、この子の名前か
名前を聞いた僕は、不思議な感覚に包まれた
「僕は永島 湊」
「うん、湊ね
あのね……湊
私、ここでやることがあるんだ
ここまで付き合ってくれてありがとう
ちょっと時間がかかることだから、先に帰ってて」
「わかった」
その時、僕はなんでか、この子が何をしようとしているのか、全然気にならなくて、素直に帰ろうと思った
「じゃあね、×××」
「うん、またね」
×××
初めて君の名前を呼んだ日、それが最後に会った日になった
その後、公園に行ったけど、あの子には会えず、記憶を頼りに石碑を見つけたけど、林も階段もなく、石碑の後ろはただの駐車場だった
そして僕は、聞いたはずの名前を思い出せないことに気付いた
あの子はいったい、何者だったんだろう?
とても不思議な子だった
もしかしたら、神様だったのかな?
またね、と彼女は言った
なら、きっとまた会えるよね
それから数十年が経って、僕は結婚し、子供ができた
そして成長した娘を見て、ふと、あの時の子の顔が重なった
娘の名前は永島 真理華
思い出した
あの時、僕が一緒に石碑を探した子も、永島 真理華だった
どうしてだろう?
今まで忘れていた
もしかしたら、この子は、僕の知らない理由で過去へ行き、小学生の僕に会いに行ったのではないか
なぜ過去へ行ったのか
あの石碑は、あの建物は何だったのか
気になることは色々ある
だから本人に聞こうと思ったけど、やめた
人は誰しも……親子であっても秘密があるものだし、なんとなく、その時が来たら話してくれる気がしたからだ
またね、か
ずいぶん長くかかったけど、やっと再会できた
そんな気がした夏の日だった
5/26/2025, 12:40:11 PM