猫遊草ぽち

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「 フィルター 」


先輩はポッケからスマートフォンを取り出し、
僕の目の前にぐぐっとそれを突き出した。

画面には見たことのない絵画の写真が映し出されている。

「これを見て、どう思う?」

突き出したスマートフォンの後ろから、
先輩は何だか得意そうな笑みを浮かべ
俺のことをじっと見つめた。

「いや、どうと言われましても……ね。
俺、別に絵画とか詳しくないから、
この絵もなんだかわからないし……」

先輩のまっすぐな視線が急に恥ずかしくなり
目線をゆっくり横へ逸らす。

先輩は「はぁ」と小さくため息をついて
俺の顔の前からようやくスマートフォンを下ろした。

「あのねぇ、君。ノンノンだよ。何にもわかっちゃない。
私が知りたいのは誰もが答えられる感想とか、
当たり障りのない目利きとかじゃあないんだよ。
君の瞳、君の脳、君の心、君という大きなフィルターを通して感じたことを、飾らずそのまま聞きたいのさ。
かっこつけたいお年頃かもしれないが、それも違う。
わかるかい?」

白衣を着た小柄な先輩は、
背伸びをしながらも俺の鼻先へ人差し指を突き立てる。
部活の際にわざわざ履き替えている先輩愛用のスリッパが
ペチンと床を鳴らした。

「そ……そう言われましても……」

俺は目を泳がせながら少したじろぐ。
今、先輩が求めている言葉が何かわからないからだ。
あとは純粋に変なこと言って嫌われたくない。
そうドギマギひとりでやっていると、先輩はスッと突き立てていた指を下ろし背伸びも直し少し視線を伏せて呟いた。

「こ、困らせてごめんよ……
でも、こんなこと気軽に聞けるの、君くらいで……さ。
ほら、私ってこんなんだから、あの…うん……」

そう言いながら先輩は今にも泣きそうな顔で
自分の白衣をきゅっと握りしめている。

これがいつもの先輩であり、
俺が先輩を放っておけな理由だ。

所謂、厨二病オタクで人付き合いは苦手なくせして
ひとりではいたくない典型的なコミュ障。
口調だって教室ではこんな風ではないことも知ってるし、
俺たちは文藝部だから白衣なんて全く必要ないのにカッコいいから、それらしい理由をつけて着てることも全部わかってる……

でも、そこが可愛いのだ!!
不器用すぎる!!可愛い!!!!

俺の先輩への気持ちはさておき、
ウジウジモードに入ってしまった先輩と目線が合うところまで姿勢を落とし、
今まさに溢れんとする涙をシャツの袖で拭ってやる。
そして少し落ち着いた雰囲気の声をつくり、

「……さっきの絵画、天使をモチーフとしているにしては彩度がとても低く重々しい感じでしたね。まるで悪魔へと変化する過程であるかのように」

俺がそう言葉を投げかけると、
先輩は泣きっ面のまま少し僕の顔を眺めた後、
いつものクールに見せかけているヘタクソな笑顔で

「わ…わかってるじゃない」

…と、何故か自慢げに手を腰に当てて胸を張った。




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9/9/2025, 8:10:46 PM