hikari

Open App

脳裏

長女が結婚した。私が27歳の時、妻と出会い結婚したが、その時長女は13歳だった。私は会社の事業承継のため、長女と妻が暮らす地域から遠く離れた、会社の所在地で暮らさねばならなかった。
とある日、妻も会社の仕事に少し携わりたいと言うことで、私の住む地域に少しの間引越すこととなった。仕事も忙しくなり、妻も新しい子を身ごもり、活力にみなぎっていた。
長女は、住み慣れた土地が良いということでその土地に残り妻の祖父母と暮らすことになった。私は一緒に暮らすことを望んだが、方言も気候も全く違く土地柄は嫌だから、と、妻の祖父母が言って聞かなかった。

妻と、飛行機にのるため飛行場に着いた。私は長女の手を握っていた。妻は手続きのためにカウンターへ行ってくると私たちのところから離れた。妻がだんだんと遠い姿になっていくとき、ちくりと、手が傷んだ。意識か、無意識か、長女は私の手をぎゅっと爪を立てて握りしめていた。遠く去る母の姿を追いながら、長女は決して目を離すことはなかった。

それから、随分と月日が流れて長女は30歳になった。

妻がカウンターに向かって歩き去るのを見送りながら、長女の小さな手が私の手にしがみついているのを感じていた。あのとき、まだ幼かった彼女が、どんな気持ちで私の手を握っていたのか、そのすべてを理解することはできなかった。ただ、その小さな手が私の手に爪を立てているのを感じたとき、心の奥底で何かがざわめき、痛みを覚えたことは確かだった。

その痛みを振り払うように、私は新しい土地での日々に没頭し、家族のために働き続けた。だが、仕事に追われる中でも、長女の小さな爪が私の手に食い込んだあの感覚が、たびたび脳裏に浮かんでは消えた。彼女がどれほどの不安と寂しさを抱えながら私を見送っていたのか、それを知るには、あまりにも自分が鈍感で、親としての務めを果たせていなかったのではないか。あのとき、彼女の心をもっと理解しようとするべきだったと後悔の念が募っていった。

年月が流れ、長女が大人になった今、彼女は自分の家族を持つことを決めた。彼女の成長を誇りに思い、心から祝福する一方で、あの飛行場で爪を立てた幼い彼女の姿が、いまだに私の脳裏に焼き付いている。彼女はもう自立し、自分の人生を歩む立派な女性になった。しかし、父としてあの日の無言の訴えを受け止められなかった自分を思うと、心のどこかでいまだに懺悔の気持ちが消えない。

もしあのときに戻れるなら、もう一度あの小さな手を優しく包み込み、「君からお母さんを離したりしないよ」「お父さんも君のそばにいるよ」と伝えてやりたかった。そうすることで、少しでも彼女の不安を和らげられたのではないかと、今でも悔やんでいる。その悔いが時折、私の心を締めつけるように浮かび上がり、深く胸に刻まれている。それは脳裏に消えることなく残る、父としての消えない罪だと思っている。

24.11.09 創作-脳裏

11/9/2024, 2:27:17 PM