めしごん

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また明日



飽きたな、大窓を背に座したカーランド公国大公、オルフェ・カーランドは緩く息を吐き出しながら手元の書類をはさりと投げ出す。
国のスラムの救済策にこれから恐らく起きる流行病の薬の調達、税制改正、余剰金の使い道、南側の大水で壊れた橋の架け替え、北側の国との領土戦争を調節するのも飽きた。

「つまらんなぁ」

穏健派と急進派の調整に軍部との会合、戦争後の補償をどこから捻り出すか、指先ひとつでどうにでもなる。だからこそオルフェは女の身で、奇矯な姿をしていても、志尊の地位を脅かされずこうして在るのだ。そして彼女の今の興味はただ一つ。
中央を流れる河川の氾濫による洪水の被災者を収容する救貧院を設立するために、公都郊外の教会を訪れた、そこにいた貧乏教会の貧乏牧師。驚くほど純朴で頑固でお人好しで愚かなリンカーン。
彼の人を想う時、少しだけ呼吸が楽になる。すっと淡い風が通り、胸が開く音がする。

「会いたいなぁ」

この感情は愛などではない。興味と執着と好奇心と独占欲と、あと幾ばくかのどろどろと沈んだもの。
怖がらせたくはないからあまり表には出さないようにのらくらと見せかけてはいるが、彼が自分以外の他を見るのは面白くないし許したくない。彼が自分以外から与えられる幸福を享受するのは許せない、

(なぁ、だとしたら)

これがどんな感情から派生したものだとしても、

「これは恋だろ」

決めつけてオルフェは机から離れた。部屋から出て広い廊下の角を音もなく曲がる。
幸いにも外は好天、日は暖かく風は弱く、民たちはさんざめき城内はうっすらと眠気漂う、素晴らしき脱走日和だった。



5/22/2024, 12:07:03 PM