望月

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《真夜中》

 誰かが、見ている。
 そんな感覚がして振り返るが、そもそも一人暮らしのマンションに自分以外の視線など存在しない。
 それを不気味に思ったが、まあ、仕事で疲れてそんな幻覚を抱いてしまったのだろう。
 そう納得して、またパソコンに向き直る。
 けれど、今度は間違いなく視線を感じた。
 カーテン越しにベランダを睨むが、風に揺れてもいない。
 だというのに、ここまで視線を感じるものなのか。
 もう寝てしまおうか、なんて考えも過ぎるが、明日までに完成させなければならない資料が残っている。それではいけない。
 かと言って、不安を感じながら仕事をするのも、如何なものか。
 思考は現実逃避に過ぎず、視線もそれと同じものだろうと予想はつくが、やめられない。
 そう思えていたのは、午前零時を過ぎた頃。
 それから二時間、終わらない仕事を恨むうちに感じていた視線のことなど頭から抜け落ちていた。
 そうして、仕事に区切りがついた時、また視線を感じたのだ。
 なぜ忘れていたのか、いや、なぜ今また感じるようになったのか。
 けれどそんなことはどうでもいいとばかりに、パソコンを閉じてソファに倒れ込む。
 もう寝てしまおう。
 そう思って目を瞑るが、視線を感じて眠れない。
 たが、眠らなければ明日の仕事に耐えられない。
 早く寝なければ。
 資料は完成したのだから。
 早く寝なければ。

 気が付くと、朝になっていた。
 殆ど気絶するように寝入ったのだろうか。
 時間をみると、いつも通りの五時半だ。
 そこから支度をして、家を出る。
 またいつも通りの日々が始まった。

 ベランダについた手形のような泥に気がつくのは、それから三日後のことだった。
 六階のベランダについた、赤黒い泥に。

5/18/2024, 5:43:23 PM