【169,お題:夢を見てたい】
夢を見ていた。
それは"普通"とは言い難いもののとても幸福な夢だった。
あの人が生きている世界、何もかも全部上手くいって
私の隣から誰一人欠けることなく平凡なそれでいて特別な日々を過ごす夢
ああ、こんな幸せに過ごせるわけがないのに
失いたくないものは必ず失われるのがこの世の理だというのに
これから起こる全ての不幸が示し合わせて姿を消したように
夢の中では辛いことは何もなくて、望んでたことが全て実現する
まさに理想郷、ユートピア、桃源郷とはこの夢のことだろう
たが、決まって黒い服に全身を包帯で覆った少年が夢に出てくる
彼だけはこの極楽浄土とも言える夢の世界で、異常なまでの異質さを放っていた
例えるなら、能天気な羊の群れの中に、ただ一匹紛れ込んだ狼のような
真新しいページの中に一つ落とされた、黒いインクのシミのような
そして、束の間の夢の世界に溺れようとする私を戒めるように
袖を引っ張って云うのだ「これはお前の幼稚な妄想に過ぎない」
その顔を覆った包帯の、洞穴のような眼球は
細胞の一つ一つまで透かし見ているようで、全てを寄せ付けない断絶の響きがある声色は
とても少年のものとは思えない独特な重たさがあった。まるですでに人生の全てを悟ったかのような
人間でありながら人間から1番遠いところに居るような彼の声で、私はいつも夢から覚める。
固いベット、やけに身体が冷えていると思ったらそこはベットではなく
自室の床の上に死体のように転がっているのが私だった
前日寝る前に首に掛けたロープはいつの間にか外れて、
捨てられた蛇の脱け殻のようにベットの上から垂れ下がっていた
寝てる間に、あの幸福な夢の中に居るうちに死んでしまえばいいのに。そしたらきっと苦しまずに旅立てるだろう
そう数秒考えてから思い切り自分の頬を打った、ジンと熱を持つ手のひらで何度も続けて頬を殴打する
本来の目的を見失ってはならないと自分への戒めも込めて
私は立ち上がった。計画の二段階目まだまだ先は遠い
『夢を見ていたい』なんて願いに時間を割く方がもったいない
一歩進もうとして膝から崩れ落ちた、強かに顔を打ちガチンと顎がなる
やけに視界が揺れている、車酔いの直後のような......
じわじわと視界が歪んでぼやける
――叶うならずっと夢を見ていたかった。
1/13/2024, 1:54:28 PM