《胸の鼓動》
真夏の濃い青から少しずつ柔らかくなっている空の青。
そんないい天気の今、私は彼と広場の横を通りかかった。
ここには、たくさんの銀杏が植えられている。
黄金色の金属で出来た建物達の中、ここは植物が多くて何だかホッとする。
銀杏は私の好きな樹だから、尚更なんだよね。
今日はいい風も吹いてて、銀杏達も気持ちよさそうに音を立てている。
すると、彼が入口で立ち止まって広場の中を見始めた。
視線の先には、銀杏達。
私も一緒に立ち止まって、緑のささやきに耳を澄ます。
彼がそっと広場の中へ歩き出し、優しい緑の中に佇んだ。
あなたも銀杏達に惹かれたのかな。
同じ想いなら、凄く嬉しい。
彼に着いてそっと銀杏を眺めていると、突然大きな葉擦れの音。
急に吹いた強い風にびっくりして、私は目を瞑り咄嗟に髪を押さえる。
風は少し収まったけど、銀杏達はまだざわめいてる。
髪は乱れるけど、こういう風も好きだなぁ。
銀杏のざわめきも、元気なおしゃべりに聞こえる。
あなたはどんな表情で銀杏を見てるのかな。
ふと隣を見上げると、きょとんとした彼としっかり目が合った。
銀杏を、見てるんじゃ、なかったの?
想定外の事に、私の胸はどんどん高鳴る。
彼の綺麗に切り揃えられた髪が、さらさらと靡いて彼の頬を撫でている。
銀杏の緑と木漏れ日に映える、とても綺麗な色。
いや、見惚れてる場合じゃない!
「な、何かありましたか?」
私は慌てて彼に聞いた。
何もなく彼が私を見てるはずない。何か変なところがあったんだきっと。
それでも繋がった視線を逸らす事も出来ずに、私は彼の返事を待っていた。
「…いえ! その…えっと…。」
彼にしては珍しく歯切れの悪い返事が。
さっきよりも目を見開いて、何だかわたわたしてる。
いつも冷静で落ち着いてる人なのに。
そんな様にすらドキドキしていると、彼はふと表情を落ち着け私の方に手を伸ばした。
限界まで高鳴る鼓動。私の耳上の髪にほんの少し触れる、彼の指。
「あ…その、これが付いていました…。」
そう言って私からスッと離れた彼の指には、小さな銀杏の葉が。
な、なるほど。これが気になってたのね。そうなのね。
あんなに見られてたから、何があったのかと凄くドキドキした。
本当に心臓に悪い。
「あ、ありがとうございます。」
取ってくれた銀杏の葉を受け取り、私は足元を見る。
物凄く、気恥ずかしい。
相変わらずざわざわとおしゃべりに励む銀杏達。
この葉っぱは、重しを乗せて綺麗に乾かして取っておきたい。
受け取った銀杏の葉を、ポケットに忍ばせると。
「…そろそろ行きましょうか。」
彼がスッと私の手を取り、歩き出す。
こんな事一つでも、泣きたくなるほど嬉しい。
闇の者とあなたに監視されてる私が、普通の人としてあなたに接してもらえる。
こんな幸せは、絶対に受け取れないと思ってた。
鳴り続ける、胸の鼓動。
繋がる掌から伝われ、でも伝わるな。
今はまだ、その時じゃない。
伝わってもそれはきっと、銀杏のざわめきだから。
複雑な想いに駆られながら、あなたに手を引かれて私は広場を後にした。
9/9/2024, 2:42:37 AM