今日の空は何色か

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お題 手を繋いで


 夢中になると、今その時に全力を注いでしまうのは私の悪い癖だ。現にこうして私は今、写真撮影に夢中になった結果、迷子である。いい年した大人が、夕暮れ時に。どうしても写真が撮りたかった。綺麗な蝶を見つけたのだ。撮れると思ってしまったのだ。撮れなかったが。頼みの綱であるスマートフォンはついさっき充電が底を尽きた。全くどうしてこうなった。

これは腹を括らなければいけないな、と思う。幸運なことにここは住宅街。恥ずかしいが背に腹は変えられない。勇気を出して呼び鈴を鳴らし、道を聞こう。周りを見渡せばどの家も温かみのあるあかりが灯っていて、私はそのうちのひとつに、吸い込まれるように手を伸ばした。

「そこはダメ」

ぎゅっと反対側の手を引かれ、思わず振り返る。ドールハウスから出てきたみたいな乙女心くすぐられる格好の女性が険しい表情をして、私の手を引いていた。

「あ、その、私迷っちゃって、スマホも使えなくて…」
「でしょうね。でも、そこも、あそこも、あの家も…とにかく全部ダメだから」
「はい…すみません…」
「ついてきて。ここから出たら帰れるでしょう」

そう言って、彼女は私と手を繋いだまま歩き出した。私は黙って彼女の後に続いた。数分ほど歩くと、見慣れた大通りに出た。あっさり見つかった帰り道に先ほどまでの苦労は何だったのだろうかと頭を抱えたくなる。

「わざわざありがとうございました。スマホも使えなくて、困っていたので助かりました」
「たまにいるのよ。複雑だからね、ここって」
「ひとつお聞きしても?」
「なあに」
「…どうして、呼び鈴を鳴らしてはいけなかったんでしょうか、ここには何かルールがあるんですか?」

不思議だった。道を尋ねることがそんなに悪いことなのか。だとしたら認識を改めなければならない。そう思って、何気なく聞いたことだった。彼女は急に真顔になった。私の背中を嫌な汗が伝って落ちる。

「…食材がわざわざ歩いてきてくれたら、便利なことだと思わない?」

瞬きをした次の瞬間、もうそこには住宅街なんて無くて、もちろん彼女も、いなかった。握り締めていたスマホが振動する。充電は72パーセント。道を検索するには、充分すぎる残量だった。

3/20/2025, 1:59:51 PM