「ただいまー!」
「おかえりなさいませ♡」
元気よく帰宅の挨拶をしてくれた我が子に、渾身のハグを御見舞する。
「もう、暑いよぉ」
嫌がってみせるが、本心ではない。その証拠に、口角が上がっている。
「今日は何をされた?面白いことはござったか?」
「なんで侍?」
私の子はボケたらちゃんとツッコんでくれる良い子なのだ。
「友達が育ちを自慢していたのですが、意味がよくわからなくて。『腸よ鼻よと育てられた』そうです。なぜそれが自慢になるのですか?」
「ハッハッハ!それは『蝶よ花よ』ですな!子どもを大変可愛がることをそう言うのです。まさに私と貴方様の関係ですな!」
「なるほど、あいわかった。ほめてつかわす」
簡単な説明で納得したらしい。口調も合わせてくれたし、ウチの子天才かもしれぬ。
「有り難き幸せ。それはさておき、今日のおやつはシュークリームですぞ!」
「ほんと!?やったあ!」
シュークリームはこの子の好物だ。しかし、喜んだのは自身のためだけではないことを私は見抜いている。
シュークリームは、ヤツの好物でもあるのだ。
我が子を指導してくれる優秀な家庭教師を捕まえて『ヤツ』とは、いささか失礼であることは自覚している。
だがしかし、私にはヤツを敵視する理由があるのだ。
私の宝、私の天使、私の命たる我が子は……
ヤツをめっちゃ好いているのである!!
もう夢中なのである!!
なんなら恋しているのである!!!!
別に手を出されたとか、そんなことはない。出されていたらとっくに処している。
だがヤツの様子を見るに、あの子から向けられる気持ちをきっぱり拒絶していない!
いやまぁ、あの子を傷つけたら処すんだが……
いやでも、ヤツはきっと、あの子の純粋さを弄んでいるのだ。そうに違いない。
いくら容姿端麗で成績優秀で武芸百般に通ずるからといって、あの子のパートナーに相応しいとは限らない。
何と言ってもあの子はまだ子ども、私がヤツの本質を見極めてやらねば!
「というわけです」
「そういうわけでしたか」
指導時間終了後、珍しく先生を駅まで送ってくると言って家を出た私。
一緒に行くと言い出したあの子を宥めるのには苦労した。
最終的にヤツの一言で留守番を受け入れたあの子を見るのは複雑な気分だったか、目的達成のためには致し方ない。
「それで、先生はどうなさるおつもりで?」
「そうですね……確かに、師弟の枠を超えて好かれているのは感じています」
だろうとも。
「そのうえで……正直に申しますと、私自身はそのことを非常に嬉しく思っています」
「え゙!?」
「ああ、早合点なさらないでください。お子さんと今すぐどうこうなろうとは考えていません」
「しょ、将来的にはアリだと!?」
「先のことはわかりませんよ。未来が見えるわけでもあるまいし」
先生は飄々と答えてみせる。
私のほうは狼狽するばかりで、年下になったかのようだ。
「ただ、これだけは言えます」
先生はふと足を止めて、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「私はあの子を、蝶よりも花よりも大切に思っています」
あまりにも真剣な言葉と視線。その圧力下で、私の喉は音を発することができなかった。
「今は良いではないですか、それだけで」
先生はそう言って笑うと、駅の雑踏へと消えていった。
テーマ「蝶よ花よ」
8/8/2024, 12:22:39 PM