鯖缶

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英語の授業時間だった。
教室は静まり返っている。
整然と並んで座るクラスメイト。

「ねぇねぇ。…真木君、ねぇってば。」
「…え? 俺? ってかしゃべんなよ。」
「ちょっとだけ。」
「何?」
「現実逃避ってさ、リアルエスケープ?」
「…和製英語感あるな。」
「じゃあ、何?」
「現実から逃げるだから…escape from reality?」
ガラリと音を立て、教室のドアが開く。
「That's right,Sho! 沢木さん、真木さん、おしゃべりして余裕ね。次、当てちゃうわよ。」
「!…先生…。」
「現実逃避はescapeだけでもいいのよ。人間が逃げたくなるのは現実だけなんだから。」
「…はい。」
「ただ、逃げるのは力のない弱者がすることよ。人間は戦うことができるの。自らの理想のために。」

さぁ、静かにしていましょうね。
授業中の私語を諫めるときのように先生は微笑む。
静かだった教室に微かな嗚咽が聞こえ出す。
教室の窓側の床に並んで座る学生。
閉められたカーテン。
集められたスマートフォン。
先生の手には玩具みたいな、でもついさっき教頭先生を撃った小さな銃。
何が入っているかわからない大きなバッグ。

「1人、私に付いて来てもらうわね。」
おしゃべりしてたSho Mano、と俺は名指しで呼ばれる。話しかけた沢木はうつ向いて震えていた。
「大丈夫よ。ちょっとみんなの前で、私たちの代わりにお話してもらうだけだから。じゃあ、みんな静かに待ってるのよ。」
先生に伴われ教室を出る。出てすぐに足先が目の端に入ったが、赤い水たまりに無造作に投げ出されたその先を見る気にはなれなかった。

先生に背中を押されて歩きながら、俺は廊下の床がだんだん柔らかくなっていくように感じていた。
ふわふわ ふわふわ
足が重くて、何にも見えていないような、見えないはずの先生の顔も見えているような。
あぁ、そうか。これはきっと夢だ。
たぶん先生に撃たれたときがこの夢の終わりだ。

2/28/2023, 12:57:26 AM