俺には気の合う女友達がいる。
互いに恋愛感情は抱いてないが、
彼女のゆったりとした話し方や、のほほんとした
雰囲気が一緒にいて心を落ち着かせてくれた。
ある日のこと、彼女から家に遊びに来ないかという
誘いを受けた。友達とはいえ、異性の家に足を
踏み入れるのは流石に気が引けたが、
「どうしても見せたいものがある」という
彼女の言葉に好奇心をそそられ、
思いきって訪問することにした。
玄関で消毒スプレーを手に吹きかけ、
丁寧に靴を揃える彼女の後に続いて、
「お邪魔します」と小さく呟きながら中へ入る。
彼女のマメな性格が表れているのだろう、
部屋は隅々まで整理整頓されていた。
落ち着いたトーンの家具で統一された空間には、
余計なものが全く置かれていない。
ズボラな俺の部屋とは大違いだ。
それから俺たちは他愛もない会話を交わしたり、
無言になってそれぞれの時間を過ごしたりした。
「ところで、見せたいものって何?」
俺が尋ねると、その言葉を待ってましたと
言わんばかりに、彼女の顔に笑顔が広がった。
そして軽やかな足取りで別の部屋へと向かっていく。
しばらくして戻ってきた彼女の両手は、
何か小さなものを大切そうに包み込んでいた。
ゆっくり手のひらを開くと、
現れたのはレバーのような赤黒い物体。
表面には小さな目玉がいくつも散りばめられ、
ぎょろぎょろと不規則に蠢いている。
「この子、グリちゃんって呼んでるの。
本名はグリムハートなんだけど」
――これは、生き物なのだろうか。
かなりグロテスクだ。形容しがたい不気味な姿に、
俺は戸惑いを隠せなかった。
「触ってみて」
恐る恐る人差し指を伸ばし、ちょんと突いてみる。
ぶよぶよとした弾力のある感触が気持ち悪い。
「ね、可愛いでしょ?」
可愛い?どこら辺が?
フィルターがかかっているんじゃないか。
女の言う可愛いはよくわからない。
だが、他人の好きを簡単に否定することは
戦争に繋がると知っていたので、
俺はぐっと言葉を飲み込んだ。
───
飼育ケースの掃除をしながら、
私は心を込めて作業を進めていた。
ケースを丁寧に洗い、霧吹きで湿度を保つ。
グリちゃんが這った跡には独特の粘液が残るため、日々のお手入れは欠かせない。
風呂桶に一時避難させたグリちゃんが
「キィキィ」と鳴きながら私を見上げる。
ああ、本当に可愛い。
先日、男友達にグリちゃんを紹介したときのことを
思い出す。彼は言葉にこそ出さなかったけれど、
表情や目つきに拒絶の色が滲んでいた。
予想はしていたことだが、やっぱりどこか寂しい。
でも、それでいいんだ。
「世界中のみんなから嫌われても、
私はあなたのことが大好きだからね」
風呂桶の中のグリちゃんに向かって
優しく語りかけると、
「グピィ〜」
私の愛情を理解しているかのように、
甲高い声で応えてくれた。
そう。この子の可愛さは、
私だけがわかっていれば充分なのだ。
お題「フィルター」
9/9/2025, 8:25:13 PM