はじめて付き合った人はゼミの先輩だった。文系だけど趣味は筋トレ、人付き合いもよく、バイトだってこなしていた。地方から出てきたばかりで田舎者もいいとこの私に声をかけたのは「真面目そうだったから」。ずいぶんな理由だが、そういうあけすけな言葉も逆に新鮮だった。
その人に誘われ、なんだかんだいろんな経験をさせてもらったと思う。カラオケも居酒屋もパチンコ店もはじめて入った。
音楽は東京事変をよく聴いていた。運転しながら歌ってくれたこともある。地声は低いのに、椎名林檎のクリアな高音が妙にうまかった。
でも彼のあけっぴろげな物言いは少しずつ胸に刺さるようになった。たとえば一緒にテレビを見ていても、「つまんねーよな」と言われたら「そうですね」としか言えない。年下だから生意気を言ってはいけないと変に自戒していたのだ。頼ることはあっても甘えかたがわからなかった。なにかをねだるなんてもってのほかだった。
「いつもきれいな敬語だし礼儀正しい」と彼の母親に紹介しているのを聞いてしまってからは、ますます引っ込みがつかなくなってしまった。
そのまま秋になり、冬になり、クリスマスと大晦日もそれなりにこなした。
そして元旦。0時を過ぎてしばらくするとその人が電話をくれた。
ひと通りの挨拶を終え、ふと沈黙が落ちて、私は「なにか歌ってください」と言った。どうせ断られると思いながら。
果たして彼は歌ってくれた。東京事変の『群青日和』。きっとお酒でも飲んでいたのだろう。
「新宿は豪雨……」
心地いい歌声に耳をかたむけながら、このまま時間が止まればいいのにと思った。無性に泣きたくて、ばかみたいに叫びたかった。
(快晴)
4/14/2024, 10:37:09 AM