『君と出逢って』
「ただいまですわ」
悪役令嬢が仕事を終えて屋敷へ戻ると、
執事のセバスチャンとメイドのベッキーが
快く出迎えてくれました。
「お嬢様!おかえりなさいませ!」
「おかえりなさいませ、主。
食事にしますか?湯浴みにしますか?」
「セバスチャンにします」
「は?」
「私の部屋に来てください」
「……」
「え……えっ、ええっ?!」
固まるセバスチャンと、その横で
口元に手を当て頬を染めるベッキー。
二人が部屋に入った事を確認すると、
悪役令嬢はドアに鍵をかけました。
「主……何かありましたか」
緊張した面持ちで尋ねるセバスチャン。
「単刀直入に言います。吸わせてください」
「は?」
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広い一室に敷かれた高級絨毯の上に横たわるは
一人の若い女性と一匹の大きな狼。
悪役令嬢はやんわりと微笑み、
大狼が持つ白銀の毛並みをそっと撫でます。
それからフサフサの毛に顔を沈めて、
温もりと匂い、モフモフの感触を
堪能すると彼女は感嘆のため息を零しました。
「はあ……堪りませんわ♡」
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これは男爵夫人に教えてもらったストレス解消法
『通称:猫吸い』と呼ばれる行為から派生したもの
愛猫に顔を埋めると、その間だけはこの世の
鬱憤を全て忘れられる古の技なのだそうです。
その話を聞いてある事を閃いた悪役令嬢。
(セバスチャンにお願いしてみましょう!)
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「私、あなたと出逢ってからわんこの
魅力に気付いてしまいましたの……。
どうか今だけは、あなたを全身で感じさせて」
うっとりとした口調でそう話す悪役令嬢に
狼形態のセバスチャンは戸惑いを隠せませんでした。
(わんこ……)
金色の瞳は何かを訴えかけるように主をじっと
見つめていましたが、やがて全てを諦め、
彼女の好きなようにさせました。
5/5/2024, 3:35:06 PM